「しきい値」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。統計や解析などで使われることの多い用語だが。一種の「境目」を表す数値だ。そんな「しきい値」という言葉を、実は二つの極端なソリューションで耳にした。『ビジネス・インテリジェンス』と『運用監視ツール』だ。方やITソリューションの上流系の最たるもの。もう一方は縁の下の力持ち的な存在だ。しかし、このITソリューションの両端に位置するテクノロジーには、興味深い共通点がいくつもある。そして、その共通点から出てきたキーワードである「しきい値」を制するものが、ITにおける新たな勝ち組みとなっているのだ。 ビジネス・インテリジェンス ビジネス・インテリジェンス、いわゆるBIとは、膨大な業務データの中から経営やマーケティング、またはセールスなど、さまざまなビジネスの最前線で行われる意思決定を支援するためのテクノロジーだ。ひと昔前に流行した「紙おむつとビール*」に代表されるデータウェアハウスとデータ・マイニングがより進化して、多角的かつ高度な分析ができるようになっている。かつて、データウェアの構築(ハウジング)とその分析(マイニング)のテクノロジーが発達した頃は、まだまだ荒削りなものだった。初期のデータ・マイニングでは、データベースに蓄積されたデータをOLAPと呼ばれるキューブ状の三次元的なデータの集まりにして、そこからピボットテーブルなどを活用してデータの中に隠された傾向や問題を分析していたが、その分析には、ある程度の技術的な基礎知識や高度な応用力が求められた。そのため、なかなか使いこなせる人材が育成されずに、データウェアハウスそのものの存在が疑問視されたこともある。 しかし、ビジネス・インテリジェンスの登場がそれを救った。製品やソリューションにはいくつかの種類があり、すべてをひとくくりで扱うのは誤解もあるが、一般的なビジネス・インテリジェンスでは、基本的な設定を行っておくだけで、データの中から求めるべき傾向や問題を発見しやすくなる。例えば、ある量販系チェーン店が、店舗ごとに集計される販売POSデータを元に、ビジネス・インテリジェンスで分析をかけたとしよう。通常であれば、単なる店舗ごとの売上推移と比較しかレポートされないが、ビジネス・インテリジェンスというフィルターを通して分析すると、商品ごとの細かい推移を追跡できるようになる。 仮に、店舗Aと店舗BのDVDデッキの販売台数が同じだったとしよう。しかし、店舗Aと店舗BのAV接続ケーブルの販売数を比べたときに、店舗Aが倍近く売り上げていたとしたら、そこに何かの傾向や可能性を見出せる。もしかしたら、店舗AはDVDデッキの近くにAV接続ケーブルを展示しているとか、レジでAV接続ケーブルが目立つように商品宣伝をしをしていたのかもしれない。その結果、他のチェーン店にも同様の販売アドバイスを送ることで、売上を伸ばせる可能性が見えてくる。 これは極端な例かも知れないが、変化する購買者の意識や傾向を理解するためのITとして、データの効率的かつ効果的な分析を提供するビジネス・インテリジェンスは、かなりの注目を集めているといえる。特に、大規模な店舗展開や販売を行っている分野では、すでに人知による全体の掌握が困難になっているだけに、ITによる解決策が重要視されている。 ビジネス・インテリジェンスとしきい値 さて、データの抽出と分析に威力を発揮するビジネス・インテリジェンスだが、最近では「しきい値」によるダッシュボード化が進んでいる。例えば、業務における売上や在庫、借り入れや損金額など、注目しておくべき重要な数値に対して「境目」を設定する。在庫であれば、数量が5を切るとか、損金額であれば一部署で百万円を超えるとか、そういうポイントに注目して、収集したデータを常にモニタリングする。そして、実際に対象データが「しきい値」を超えたときに、メールや社内ポータルサイトなどを使って、担当者や経営者に「アラート」を発信する。それに気がついた担当者たちは、すぐに必要な対策を講じる。そうすることで、業務に支障をきたすことなく、円滑な意思決定とビジネスの継続を実現するのだ。 もちろん、在庫数などはビジネス・インテリジェンスを導入しなくても、その気になれば簡単に解決できるソリューションだろう。しかし、実際のビジネスの現場では、より高度で複雑な業務分析としきい値の設定が行われている。 先日取材したある商社では、各事業部ごとの業績を評価するために、個々の事業におけるリスク度とリターン率を算出し、収益性という評価でチャート化をおこなっていた。それは、商社というビジネス独自のノウハウを結集したもので、その結果として事業における投資価値や収益予測などを立てやすくなったという。同じように、国際的な部品調達を行っている製造業では、仕入れと歩留まりに関するビジネス・インテリジェンスを導入することによって、適正在庫や製造管理だけではなく、調達コストや生産効率などの改善を目指している。 こうしたビジネスにおける分析や統計によって、そこから導き出された「しきい値」こそが、その会社や業務におけるノウハウの集約であり、その値を上下させることが、現状のビジネスに対する大きな「改善」へとつながるのだ。 運用管理としきい値 日本もPCの普及率がかなり改善されて、一般的な事務職における利用率は、かなり100%に近づいたのではないだろうか。むしろ、インターネットや電子メールがこれだけ当たり前に普及した現在において、いまさら導入していない企業というのは、その時点ですでに勝負を諦めているとしか考えられない。 しかし、PCを導入したらしたで、新しい問題も発生する。それが運用管理だ。 PCを入れた初期の頃というのは、誰もが故障とか修理とかを想定しているわけではない。自動車や複写機のような定期的な点検整備がないPCでは、いつかは壊れるということを考えずに、日々が過ぎていく。そしてある日突然に、ネットワークにつながらなくなったり、ハードディスクが動かなくなったり、電源が入らなくなったりする。そうした事態になってからはじめて、失ったデータの大切さや必要性に気が付くのだ。 こうしたトラブルに見舞われないためには、常日頃からの運用管理が重要になる。しかし、そこに人手はかけられない。そこで、運用監視系ツールが注目されている。それも、最新の高度な製品では、現時点での障害を報告するだけではなく、将来的な障害予測まで行う。その鍵を握るのが「しきい値」なのだ。 長年PCを使っていると、その機械が壊れることに何度も遭遇する。そして、壊れて動かなくなってから、記憶を辿ると「兆候」があったことに気が付く。例えば、ファンが壊れて熱くなっていたとか、ハードディスクから異音がしていたとか、ブートする度にビープ音が鳴っていたなど、新品の時にはなかった「兆候」があるものだ。そうした兆候を事前に察知しておくことができれば、壊れる前に保守できる。そうした障害予測を可能にするITソリューションが、運用監視ツールに凝縮されている「しきい値」になる。 しきい値で勝ち組みになるとは 運用監視とビジネス・インテリジェンスは、テクノロジー的には類似したものだ。ある特定の数値に注目して、その数字の変化によって警告を出す。考えてみるとかなりシンプルな仕組みだ。しかし、その単純な仕組みの中にビジネスにおける勝敗を左右する重要な要素が隠されている。それが「しきい値」の設定なのだ。 もしも、安全で確実なビジネスや運用管理を行いたければ、警告を発する「しきい値」を高めに設定しておけばいい。早めの在庫補充や部品交換を行えば、欠品や故障の心配はなくなる。しかし、そうした安全策には「コスト」というリスクが伴う。 反対に、「しきい値」を下げておけば、在庫や部品のコストは削減できる。その見返りは「トラブル」というリスクになる。つまり、設定する「しきい値」によって、ビジネスにおけるリスクの配分が変化するのだ。リスクが完全に解消されることはない。一方のリスクを低くすれば、必ず対抗するリスクが高くなる。そのどちらの比率を変化させても、それは結局のところ「賭け」になってしまう。そうしたギャンブル的なリスクを避けるためには、両方のリスクが均衡となる「しきい値」を探し出さなければならない。そして、その値を探し出せた企業が、他社に勝る競争力を手に入れられるわけだ。 最終的にはしきい値を超えた力を目指して ビジネスとITを取り巻く「しきい」値は、リスクを最小限に減らすための努力であると同時に、ビジネスやシステムを正確かつ的確に分析するためのノウハウでもある。仮に、PCが壊れないと思って導入計画を立てる会社と、あらかじめ数年先には修理や買い替えが必要になると考えて予算を立てる会社では、投資に対するリターンの予測が大きく違ってくる。そこには、明確になっていないものの、暗黙の「しきい値」が担当者の中にスキルとして蓄積されているのだ。その暗黙知を明確にする数学的な解決策が、「しきい値」の設定といえる。そして、その知識と経験を数値化してITの中に取り入れられた企業は、未着手の企業に対して競争で優位に立てる。 一方で、数値化された「しきい値」を提案することも、新しいビジネスとして成立するだろう。成功している事業や管理のノウハウというものは、その大部分がその「しきい値」の中に集約されている。それをパッケージ化して販売できれば、大きなアドバンテージになる。もっとも、単なる模倣ではNo.1になることはできない。基準となる数値から、どこまでオリジナリティを引き出せるかが、そのビジネスや管理における新たなノウハウであり、競争力の根源ともなる。そして、さらに理想を目指すのであれば、「しきい値」を超えたビジネスの継続や部品の保守を心がけるべきだろう。いい意味での「しきい値」に対する裏切りは、利益の増加や経費の節減につながる。監視やモニタリング系のシステムというと、とかく「管理されている」というイメージを与えがちだが、その反対に目標を超える努力を個々の社員や担当者に与えることができれば、さらなる成功も期待できる。 ビジネス・インテリジェンスや運用監視ほどの大規模で本格的な「しきい値」ではなくても、個人や部署やグループで、何らかの「しきい値」を設定する努力をするだけでも、ビジネスにおける大きな改善につながる可能性もある。いずれにしても、ITを効率よく効果的に使う目標の一つとして、「しきい値」に対する意識と取り組みは、勝ち組みになるための重要な要素だと考えられる。