SMB。Small and Medium Business市場は、いまIT業界から熱い注目を浴びている。もともと、日本の中小企業は600万社以上もあり、PCの普及率からみても潜在的に大きな可能性を秘めた市場だと言われていた。しかし、これまではIT業界は大手企業への売り込みやコンサルティングを中心に行っていたため、どうしてもSMB市場へのアプローチが遅れていた。そうした状況が昨年あたりから変わってきて、SMB市場への普及こそが、IT業界にとっても大きなビジネスと捉えられるようになってきた。 動き出した大手ベンダー SMB市場へのアプローチを明確に掲げたベンダーには、日本IBM、マイクロソフト、オラクル、SAPなどがある。これらのトップベンダがSMB市場への積極的な展開を開始した背景には、大きく二つの理由がある。まず第一は、市場そのものの大きさだ。日本の中小企業は600万社を超えるという統計がある。その数から考えるならば、かなりの潜在的な市場規模がある。そして第二の理由は、大手企業への導入がほぼ一巡してしまったからなのだ。いまや、基幹系システムから情報系システムに至るまで、大手企業で何らかの製品やアプリケーションを導入していない企業はない。大手企業では、どんな製品を選択するかではなく、すでにどうやって運用コストを削減するか、というテーマにIT投資の関心が移っている。(この運用監視については、別の回に詳しく紹介する予定だ) つまり、今後の爆発的な発展や普及の期待できない大手市場に対して、まだまだ潜在的な普及の可能性があるSMB市場こそが、ITベンダにとっての主戦場となるわけだ。これはSMB事業者にとってみれば、大きなチャンスにもなる。これまでは、高嶺の花で導入できなかった最新のオープン系システムが、手近な価格で構築できる可能性を見出せるからだ。 アーキテクチャの変革がセルフサービスを変える クライアント/サーバ型が1990年代に普及した背景には、ネットワークのボトルネックがあった。当時は、10BASE(10Mbps)が主流でスイッチング式ハブが数十万円もしていた時代だから、いかにトラフィックを小さくするかが、円滑な情報処理にとって課題となっていた。したがって、使う側の利便性よりもシステム側の負荷を軽減し、効率のよい集計や分散を行うことが重要だった。そのため、システムもセルフサービスを強要しながらも、親切さには欠けていた。 「手で書いた方が早い」という現場の担当者の声を無視して、精算や発注処理にキーボードを使うようにしてきた。そうしたシステムの改革がうまくいった企業では、経営者が現場で発生していることを的確に把握して、有効な意思決定や指示が送れるようになるはずだった。ところが、現実にはデータが氾濫しすぎて、特にERPやCRMの市場では、膨大なデータを分析し推論するためのアーキテクチャとなるビジネス・インテリジェンス(BI)が求められるようになった。そうしたBIを活用するまでに至った企業では、当初の目的としていた経営革新や業務効率の改善を達成した。 一方で、セルフサービスを取り巻くアーキテクチャは、二つの方向で進化を続けてきた。一つがミドルウェアを中心としたWebアプリケーション化であり、もう一つがHR(Human Resource:人材管理)などに発展した機構改革だ。 具体的なソリューションの数々 それでは、実際に代表的なITベンダがどのような製品やソリューションを提供しているのだろうか。また、具体的なSMBに向けたアプローチとは、どのようなものだろうか。 まず、日本IBMでは、SMB市場に特化した事業部を設立している。執行役員の堀田氏が率いるゼネラル・ビジネス事業部では、ベンダーとパートナーと顧客が円滑に結びつくオンデマンドビジネスの確立に向けて、ハードウエアとソフトウエアの両面からSMB市場を支援していく。具体的には、Expressシリーズと呼ばれる製品群で、コストパフォーマンスに優れたラインナップを整えていく。もちろん、すべてをIBM製品で揃える必要はないのだが、反対にすべてをIBM製品にするメリットを出せるかどうかが、同事業部の手腕にかかっているといえる。 次に、マイクロソフトでは、三度目の正直となるかどうかのSmall Business Server(SBS)を中核と した総合的なSMB支援プログラムを推進している。SBSは、Windows 2003 ServerにExchangeやSQL などのサーバ用アプリケーションを組み合わせて、かなり買い得にしたパッケージ。このSBSそのものの拡販を行うだけではなく、マイクロソフトの推進するIT全国推進計画と連動する形で、SMBに向けたITコンサルティングや金融支援などを含めて、トータルでIT導入をサポートするものだ。もちろん、そこには、ハードベンダやシステムインテグレータなどの協力も含まれている。 そして、オラクルのSMB市場対応は、新たに登場するOracle 10gをはじめとして、導入や開発を簡素化するソリューションや、価格面での優遇策にある。データベースという製品の性質から、何らかの開発や既存のソリューションとの連携が必要になるため、単に製品を安価にするという戦略ではない。また、オラクルや日本IBMの意図するSMBという市場そのものが、比較的大きな経営規模をイメージした中堅企業であることも確かだ。 最後にSAPの戦略は、これまでにパートナー企業が開発してきた各種のテンプレートを中心に、コンサルティングをできる限り省略して、パッケージに近い感覚で導入できる仕組み作りにある。SAPの導入というと、どうしてもコンサルティングが先行して、個々の企業の経営スタイルに適したシステムのカスタマイズやオプションの開発が中心となっていた。しかし、この方法では、きめ細かな対応を行う分高価になってしまい、SMB市場にはアプローチが困難となっていたため、その部分を既存のテンプレートで補おうとするものだ。 受け止めるSMB企業が成功する秘訣とは 価格やサービスの面で、かなり敷居を下げてきたITベンダのSMB戦略製品だが、それを受け入れるSMB企業としては、どのような取り組みを行えば、自らを勝ち組みとしていけるのだろうか。その秘訣の一つが、エンタープライズ向けからSMB向けへとダウンサイズされた過程で「削ぎ落とされた部分」の補填にある。 各ベンダーがSMB市場に向けた製品やソリューションを展開するにあたって、何よりも注力したのが「パッケージ化」にある。その主な方向性は、価格の設定と導入の簡易さ、そしてコンサルティング・レスに向けた取り組みになる。この3点の中でも、特に注目すべきが最後のコンサルティング・レスだ。ITのシステムに限ったことではなく、拡販を目標とした製品にとって、何よりも重要なポイントは「手離れの良さ」にある。しかし、理想としてのコンサルティング・レスは目指していても、現実の導入に成功するITの影には、さまざまな人的な支援や努力がある。その中でも特に、明確な価格にはなっていなくても、システムの構築や導入に向けた営業支援的な努力は大きい。大手企業向けのIT導入であれば、そうした付随する人的なコストは、何らかの形で見積もりとして提示できるが、コスト意識のシビアなSMB市場に向けては、なかなか表にできない。場合によっては、本来は必要になるコンサルティングや導入支援などは、サービスの一環として対価が得られないことが多い。 しかし、何らかのITソリューションを受け入れるSMB企業側に立ってみると、いくらエンタープライズと比較して安価な製品だからといわれても、企業としての成り立ちや業務などの点で、大手企業と違いのある部分は少ないのだ。それだけに、むしろパッケージングされたことによって、自社の業務に歪が生じることもある。もしも、予算や時間などの問題が解決するのであれば、どんなSMB企業の経営者であっても、自社の業務に適したITソリューションの構築を望むのだ。それが無理だとしても、望む形に近いソリューションを選んでいけるかどうか、そのための適切なアドバイスやサポートをいかに低コストで得られるかが、SMB市場のIT導入成功につながる秘訣といえるだろう。 コンサルタントと契約する予算がなくても、等価のノウハウやアドバイスを提供できるかどうか、その仕組みの中で選ばれた製品やシステムとなるかどうかが、SMB市場に参入しているITベンダーの明暗を分けるだろう。