企業が業務においてITを利用することは、もはや当たり前のこととなった。10年前には「PCが一人に一台」ということすら夢のような話だったのに、今では会社にも自宅にもPCを所有しているユーザーが普通になりつつある。しかし、ITが普及する一方で、本当にITを活用して事業を発展させている企業は少ない。むしろ、これまでは「守り」のために導入してきたケースが多い。そうした状況が、「セルフサービス」というキーワードによって変わろうとしている。 セルフサービスの背後にあるもの かつての情報処理は、「紙から電算へ」のプロセスが必要なシステムだった。手書きの伝票や書類を電算化するためには、膨大な数のオペレータによる手入力が求められていた。入力のための端末も、特別な部屋に設置されていて、特定の人たちだけが使えるようになっていた。それは、いまだにオフコンや汎用機で業務処理を行っている企業においては、日常的な光景かもしれない。最近では、端末の代わりにエミュレータ機能を搭載したPCが使われているものの、会計業務などは安全上の理由などから、専門の担当者だけに操作を限定している企業も多い。 一方で、ERPなどの導入を積極的に推進してきた企業では、財務会計や経営に関連する情報が「現場」で入力されるようになってきた。身近な例では、交通費や出張費などの経費を自分の使っているPCで入力したり、営業が発注した出荷処理のデータがそのまま在庫引当に使われるなど、端末が多様化・分散化してきた。その結果、現場には「セルフサービス」化が求められるようになってきた。 これが極端に進化すると、インターネットのECのように利用者に直接オーダーエントリーを行ってもらうようになる。そのあたりになると、もう一歩高度なITソリューションやeサービスが使われるのだが、それはまたの機会に触れるとして、今回はあくまで社内業務におけるセルフサービスについて考えていく。 そのセルフサービスの背後にあるテクノロジは、なんといってもWebアプリケーションにある。しかし、現実にセルフサービス型の業務オペレーションを実現している企業の多くは、クライアント/サーバ型で運用している例が多い。完全なWebアプリケーション化を実現できないままに、1990年代のシステムでいわば「片肺飛行」を続けているのだ。それは、致しかたないともいえる。なにしろ、ERPやCRMなどの考え方とアーキテクチャが登場した時分には、ITの方向もクライアント/サーバ型が主流になると考えられていたのだ。そして、サーバ側はSolarisなどのUNIX系システムが中心となり、クライアント側はWindowsという役割分担が確立され、大手企業を中心に業務革新や再構築というスローガンのもと、静かに浸透してきた。 アーキテクチャの変革がセルフサービスを変える クライアント/サーバ型が1990年代に普及した背景には、ネットワークのボトルネックがあった。当時は、10BASE(10Mbps)が主流でスイッチング式ハブが数十万円もしていた時代だから、いかにトラフィックを小さくするかが、円滑な情報処理にとって課題となっていた。したがって、使う側の利便性よりもシステム側の負荷を軽減し、効率のよい集計や分散を行うことが重要だった。そのため、システムもセルフサービスを強要しながらも、親切さには欠けていた。 「手で書いた方が早い」という現場の担当者の声を無視して、精算や発注処理にキーボードを使うようにしてきた。そうしたシステムの改革がうまくいった企業では、経営者が現場で発生していることを的確に把握して、有効な意思決定や指示が送れるようになるはずだった。ところが、現実にはデータが氾濫しすぎて、特にERPやCRMの市場では、膨大なデータを分析し推論するためのアーキテクチャとなるビジネス・インテリジェンス(BI)が求められるようになった。そうしたBIを活用するまでに至った企業では、当初の目的としていた経営革新や業務効率の改善を達成した。 一方で、セルフサービスを取り巻くアーキテクチャは、二つの方向で進化を続けてきた。一つがミドルウェアを中心としたWebアプリケーション化であり、もう一つがHR(Human Resource:人材管理)などに発展した機構改革だ。 HRを革新するセルフサービス 成長している会社と衰退している会社。この二つの会社を比べたときに、もっとも顕著な違いがあるとすれば、それは「人材」の優劣に尽きる。ほんの5年10年前の経営理論で考えるならば、保有している設備や資産の総数によって、企業の規模や勢いを推し量ることができた。しかし、現在は工場を持っていなくてもメーカーになれる時代だ。発想や企画力、独創性や研究開発の優劣が、経営や業績を左右する時代にあって、何よりも必要な「資産」は「人」に戻ってきている。その結果、最新の経営モデルではいかに「人材」を「資産」として活用するかが問われるようになってきた。その人材を効果的に育成し活用するために、いまセルフサービス型のHRシステムが注目されている。 HRシステムの基本は、社員のキャリアをデータベース化し流動性を実現することにある。従来の人事管理では、個人の情報と給与体系などを登録するだけにとどまっていたが、最新のITソリューションでは業務やプロジェクトに必要な人材を発掘または育成するための仕組みを兼ね備え持つ。例えば、ある開発案件が発生したとする。そのときに、プロジェクトリーダーはHRシステムを利用して、社内に対して「公募」を発信する。その公募内容を見て、プロジェクトに参加したいと思った社員は、募集要件と自らの資格や職歴を照合して「応募」を判断する。もちろん、要件が不足していれば、システムは応募を拒否することもある。反対に、プロジェクトリーダーが人材データベースから適任者を検索することも可能となる。 こうした柔軟なHRシステムを導入することによって、これまで困難だった「人的資産」の有効な活用が可能になる。そして、この仕組みを支える根幹にあるアーキテクチャが、「セルフサービス」システムの実現にある。従来のように、人事担当者だけが専用端末を操作してデータベースを更新したり検索するだけの状態では、流動的な人材活用ができないだけではなく、個々の社員がどのような人材になればいいのか、といった目的意識も育てられなくなる。セルフサービスにより、自らが「人材」であると認識することで、社員に対する意識変革が起こる。 もちろん、こうした変革を起こすだけのITソリューションの導入は、諸刃の剣でもある。現場からの反発が起こったり、システムについてこられずに脱落するケースもあるだろう。しかし、HRシステムが成功すれば、これまでコストセンターだった人事部門が、経営に貢献する業務を担う部署へと発展する。 昔、ある大手外資系ソフトベンダーの社長が、こんな台詞を言っていた。「会社を成長させるのは簡単だよ。自分と同等かそれ以上の社員を人事部門のトップにすればいい。そして『俺やお前よりも有能な人材を採用しろ』と言えばいい」 そんな格好いいこと、現実にはなかなかできるものではない。しかし、その会社は彼が社長を務めていた10年間は、急激に成長した。彼自身が採用を行わなかったことが、優れた人材を登用する原動力となったからだろう。とかく、経営者というものは、二つのタイプに分かれる。自分よりも有能ではない者を配下とする組織を作るか、自分よりも有能な者たちに支えてもらえる組織を作るかだ。後者の理想をさらに加速するのであれば、HRシステムは経営に大きく貢献するソリューションになるだろう。