ITILという言葉を目にしたことがあるだろうか。いま、エンタープライズ系のオープンシステムでは、欧米が中心となって企業の情報システムがどのようにITILを実現するかで、積極的な取り組みが進んでいる。それは、メインフレームからオープンシステムへの移行にとって、避けて通ることのできない課題であり、ITILの成否がその企業の情報戦略だけではなく、ビジネスそのものの成否を左右する存在となっている。そして近い将来には、大企業だけではなくあらゆる規模の企業が、ITILもしくはそれに準拠するIT基盤の運用管理体制を確立しなければならないことも意味している。 IT基盤の運用管理標準 そもそも、ITILとはIT Infrastructure Libraryの略称で、英国政府商業室 OGC(Office of Government Commerce)に属するCCTA(Central Computer & Telecommunications Agency)が、IT運用の知識やノウハウを集めて、ITサービス管理の指標として開発した、IT基盤構築と運用に関する包括的な指標になる。米国の統計学者で、品質管理の権威としても知られるエドワード・デミング博士が提唱した、Quality Loopのコンセプトに基づき、顧客のニーズとその対応に焦点を当てた実践的なIT サービスマネージメントにおける業務プロセスと、その手法を標準化したものだ。すでに先進国を中心として世界の17ヵ国で、ITILの導入が進んでいる。そのため、ITILはITサービス管理の国際業界標準として認知されはじめている。特に、運用管理を中心とした製品やソリューションを提供しているベンダーや、システムインテグレータでは、ITILを旗印にセールスを展開しているケースが、日本でも増えてきている。 しかし、一昔前のインターネットではないが、システムインテグレータに「ITILください」と注文しても、何か具体的な製品とかパッケージが手に入るわけではない。もともと、ITILはビジネスとITをつなぐ目的で、1980年代後半に開発された。現在では、8分野8冊で構成されたライブラリとなっている。その中でも、いま注目されている分野が、「サービスサポート」と「サービスデリバリー」になる。 ITILに積極的に取り組んでいるメーカーやソフトハウスでは、ホームページを中心にさまざまな情報を発信しているが、ITサービスマネジメントフォーラムジャパン「it SMF(it Service Management Forum) Japan」という組織が、日本でもセミナーや普及活動を続けている。そのit SMF Japanの資料によれば、ITILの全体像から「サービスサポート」と「サービスデリバリー」の位置付けは、右ページの図のようになっている。 サービスサポートとデリバリー なぜ「サービスサポート」と「サービスデリバリー」が重要なのか。なぜなら、二つのサービスがIT全般の運用管理において、もっとも日常的に継続して行われなければならない業務であり、その改善と発展が、IT基盤全体の向上につながるからだ。 まず、「サービスサポート」は日常的な運用とユーザーサポートの管理手法を定義したものになる。主に社内のサービスデスクやIT部門に対する問い合わせに(インシデント)の管理、各種の問題管理に構成管理、変更管理やリリース管理などで構成されている。 そして、「サービスデリバリー」では、どのようなサービスをビジネスで要求されるかに焦点を当てて、中長期的な計画と改善を考察していく。その管理業務は、サービスレベル管理/可用性管理/キャパシティ管理/ITサービス財務管理/ITサービス継続性管理の5プロセスにて構成されている。 こうしたITILにおける「サービスサポート」と「サービスデリバリー」に対して、各メーカーが対応する自社製品のマップを作成している。ITILを実現するためには、単独の製品ではなく、複数の運用管理ツールやユーティリティを組み合わせて、サービス全体を構築していく。そのため、これだけの仕組みを個人や小規模なIT部門で運用していくのは、ほぼ困難といえるだろう。 ちなみに、「サービスサポート」「サービスデリバリー」以外の6分野とは、サービス管理の導入計画、ICT基盤管理、セキュリティ管理、アプリケーション管理、ITサービスビジネスの展望、ソフトウェア資産管理となっている。そして、ライブラリは現在でも更新され成長し続けており、その著作権は英国政府が所有している。しかし、その使用には制限はなく、共有財産(パブリック ドメイン)となっている。 エンタープライズな仕組みをどのようにブレイクダウンしていくかが課題 ITILは、IT基盤の運用管理分野における業務の流れや構成などのフレームワークが、体系的に整理され、公開されていることが特長となる。そして、特定メーカーの製品やサービスに限定されることなく、プロセス重視のベストプラクティスとして、ライブラリ化されたことで、入手が容易で汎用性の高い内容になっている。反面、ライブラリに示されている内容はあくまでも試行のための指標なので、実際に自社に適応させようとすれば、専門的なコンサルティングの導入やプロジェクトチームの編成などが必須となる。そのため、エンタープライズ規模の企業であれば、導入するだけの意義や効果も期待できるが、小規模な組織では業務を運営する部門よりも管理部門が肥大化してしまう心配もある。とはいえ、どんなに小さな企業でも、この2つのサービスに関連する管理項目をおろそかにすることはできない。 この連載では、個々のサービスモデルの詳細までは解説しないが、サービスデスクやリリース管理に、サービスレベル管理など、ITILの二つのサービスで定義されている項目は、そのどれもがIT基盤の円滑かつ発展的な運用にとって、欠かすことのできない改善テーマであることは事実だ。これまでは、部門内でPCやITに詳しい人がボランティアでサポートしていた利用支援や、総務部が兼務で行っていた機器管理など、日常業務の中に埋もれてしまったIT関連の管理業務や経費などが、ITILによる分析を行うことによって明確になる。経営者が意識しているかどうかに関わりなく、およそ何らかのITを導入し利用している会社では、必ずここに掲げられているサービスが、日常的に社内で発生しているのだ。 こうしたIT運用のサービスに関わるコストやリソースを明確にするかどうかは、今後も継続的かつ発展的に、業務に組み込まれていくITの経営戦略にも大きく関わってくる。なぜなら、これだけハードや通信インフラが安価になってきた現在にあって、今後のITにかかる負担の多くが、この見えづらいサービスの分野に集中していくからだ。ちなみに、このサービスのほかに今後のITにかかるコストとして注目されているのが「教育」だが、それは別の機会に触れる予定だ。 ともかく、経営規模の大小に関わらず、ITILで定義しているそれぞれのサービス項目の具体的な業務分担や付帯コストの算出は、機会があれば取り組んでみる価値がある。誰がいつどのサービスをどのくらいのコストで行っているのか、それが業務にとって有益なのか損失なのか、それぞれのサービス項目は兼務できるのか否か、アウトソーシングとの社内運用のコストバランスはどうか、既存の業務に組み入れることは可能か、などなど自らがコンサルタントの立場に立って、自社や顧客企業の分析を行ってみるべきなのだ。 もはや、ビジネスのインフラとなってきたITにとって、今後の勝負の行方を左右するテーマは、「継続は力なり」にある。最新のOSや高性能なCPUばかりを追い求めても、もうビジネスのアドバンテージは得られない。反対に、これまでのIT資産やシステムをいかに効率よく管理して、業務やビジネスを止めない運用を継続し発展させていけるかが、新しい時代の勝ち組みを支えていくのだ。