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にっぽんの元気人
2011年9月時点の情報を掲載しています。

歴史ある商品には変えていいものと変えてはいけないものがあることを学びました
1997年の入社以来、ITを駆使して自らが広告塔となり、戦後から根強いファンに支えられる大人の飲料「ホッピー」のブランドイメージの向上に努めてきた石渡美奈さん。創業100年となる2010年に社長に就任した石渡さんは、「歴史あるブランドには、変えてはいけない部分と変えるべき部分」があるという。早くからWebやコマースサイト、ブログを立ち上げ、コミュニケーションツールとして、ツイッターやフェイスブックを使いこなす石渡さんに、ITを利用したPR手法について聞いた。


ブランドイメージは不変しかし表現方法を一新
BP:日清製粉、広告代理店を経て、広報としてホッピービバレッジに入社されたのが1997年。石渡美奈さんの“ 改革”はどこから始まったのでしょうか。
石渡美奈氏(以下、石渡氏):まずは、ホッピーにまつわるダークなイメージを一新したいと考えました。当時、ホッピーのイメージは地に落ちていました。おじさん臭く、ダサい飲み物で、お客様は手を伸ばせないというわけです。市場調査をすると「お店で残ったビールを集めて薄めてつくっている」「飲むと腰が立たなくなる」などという揶揄すら聞こえてきました。
 とはいえ、基幹商品であるホッピーそのものを変えるのは危険ですから、従来の悪いイメージを変えるような新商品を発売しようと考えました。やはり市場調査によって「あらかじめ焼酎で割ってある商品があれば飲みたい」というお客様のニーズを把握していたからです。そこで開発したのが「ホッピーハイ」という商品です。ところが、結果は大失敗。1,000万円の損失を出しました。

BP:何がいけなかったのでしょう。
石渡氏:お客様が持つホッピーのイメージから離れすぎたことです。ホッピーハイは、今見てもかっこいいと思える商品です。ロゴやラベルもスタイリッシュに仕上げ、ダサいイメージが嫌だというお客様の声に応えたつもりです。でもそれが間違いでした。出来上がったのは「ホッピーのようでホッピーでない」商品。そんなホッピーの偽物をお客様は求めていませんでした。
 この経験から学んだのは、歴史が刻まれた商品には、変えていいものと変えてはいけないものがあるということです。多くのお客様が「ホッピーはダサい」とおっしゃるかもしれません。でもそれこそが、発売から60年以上変わらないホッピーというブランドの魅力であることもまた事実です。あえて言葉にするならば、「ダサかっこいい」「ダサかわいい」みたいな部分ですね(笑)。ダサくて嫌だというお客様がいたとしても、それを変えると、ホッピーの一番の魅力を消してしまいます。

BP:変えるべきものは、ほかにあったのですね。
石渡氏:はい。その後は、ホッピーのイメージの核の部分は変えずに、表現手法を新しくする方向に切り替えました。父(2代目社長、現・代表取締役会長石渡 光一氏)から資料として譲り受けた過去の意匠がヒントになりました。例えば、ラベルの文字を縦組から横組に変えたり、ちょっと太くしたり。赤と黄のカラーリングは踏襲しつつ、色の明るさを変えるなどです。それだけで印象は一変します。ブランドイメージを守りながら、現代のお客様の嗜好にあった、明るく元気なホッピーのイメージが生み出せたのではと思います。


ネット上の情報発信からV字回復が始まる
BP:その手応えはすぐに感じられたのでしょうか。
石渡氏:
いいえ。コツコツ、少しずつ新しいホッピーを市場に浸透させていくプロセスが必要でした。具体的には、ITを使ったPR活動ですね。私が入社する前のホッピーはPRらしいPRをしていません。でも生まれ変わったホッピーのことを私たちの言葉でお客様に伝えたいと思ったとき、ITが大きな手助けとなりました。
 当時、ITに詳しい同級生に「ホッピーのような商品こそ、インターネット上でのPRが適しているのでは?」とのアドバイスを受けたのがきっかけです。ホッピーは、知名度があっても、大手メーカーの商品のようにどこでも買えるわけではありません。ネット上にお店をつくれば、全世界に向けて販売できますし、自社サイトを通じてローコストでPR活動ができます。自分たちの手で好きなときに更新できるという手軽さも魅力でした。
 We bを立ち上げたのは1999年です。中小企業してはかなり早いWebへの進出だったと思います。
 当時の会社は平均年齢が高く、PCなんて聞くだけで身の毛もよだつという人ばかり。ですから、私にしかできない仕事でしたね。eビジネスのスクールに通って勉強した後、自社サイトをつくり、ネットショップを立ち上げ、私自身も「ホッピーミーナ」を名乗って「看板娘ホッピーミ〜ナのあととり修行日記」というブログを書き始めました。
 IT自体が業績を向上させた訳ではありません。ネット上で情報発信を始めたことに大きな意味がありましたね。
 例えば、ブログがきっかけで2001年には「ワールドビジネスサテライト」が私を取材し8分程度の特集にしてくれました。おじさん臭いホッピーを扱う会社の跡取りが、若い女性だというミスマッチ感が面白いと思っていただけたようです。プリン体ゼロ・低カロリーのホッピーは、世の健康志向にもはまりました。それから、映画「三丁目の夕日」を機にレトロブームが起きたことも、ホッピーには追い風となり、そうやってホッピーの認知度の向上とともに、業績も回復していきました。

BP:現在は、どのような方針でITを活用されていますか。
石渡氏:
ホッピーと、ホッピーを飲んでくださるお客様との間には、問屋さん、業務用の酒屋さん、料飲店さんのお世話になっています。ビジネスモデルとしては、B to B to Cなのですが、意識としてはB to C、ホッピーを飲んでくださるお客様ともコミュニケーションを取らせていただきたいと思っています。そのためのコミュニケーションツールの一つが、ITだと考えています。
 今のお客様はプロシューマー化が進み、ただ消費するだけではなく自分が欲しいものについてメーカーに積極的に働きかける姿勢をお持ちです。
 例えば、業務用のジョッキや業務用の前掛けが欲しいというお客様が大勢いらっしゃいます。大きなことはできませんが、小さな発信やツールを駆使して工夫を重ねてお客様との距離を近づけていく。その結果、ホッピーを指名買いしてくださる方が増えれば理想ですね。
 その意味では、私がお客様と直接やりとりできるツイッターとフェイスブックも便利なツールです。ツイッターはホッピーの幅広いファンの方々に向けたPRツールとしての位置づけ。フェイスブックは自分の身内を含め、よりコアなファンの方々に向けたものです。例えるならツイッター上の私は、会社の広告塔である「ホッピーミーナ」、フェイスブック上の私は、素顔の石渡美奈ですね。


2003年、副社長に就任 新卒採用で組織を活性化
BP:イメージの表現方法の変化にPR手法の変化。加えて組織面ではどのような変化があったのでしょう。
石渡氏:
私が広報として入社した当時、会社の成長は完全に止まっている状態でした。終戦直後の第1次ホッピーブーム、昭和50年代から60年代にかけての第2次ホッピーブームといった過去の遺産を食い潰すだけ。みな自分の仕事を粛々とこなして帰る毎日の繰り返しで、社員同士で交流をしようともしない。週末、街ですれ違っても同じ会社の人だと気がつかないぐらいにお互いが無関心でした。やがてホッピーのブランドイメージが回復し始めても、それは変わりませんでした。本当にお恥ずかしいのですが、社員が集まる忘年会にわざわざホッピーを置いていないお店に行くほどです。メーカーでありながら、社員は自社製品を愛していませんでした。
 当時の私は、経営のことは何もわからない素人でしたが、このままでは時代に取り残される、会社が変わらなければならないと感じました。私が組織改革に着手したのは、副社長になった2003年のことです。会社が変わり始めたのはそこからです。最初は、私の改革に賛同してくれる中途社員を募りました。そして5年前からは、創業以来となる新卒採用を続けています。今、会長以下55名の社員がいますが、うち30名を入社1年目から5年目までの新卒社員が占めるまでに、組織が変わっています。
 会社に必要なのは、歴史や規律・規範など、残すところは残しつつ、変わらなければいけないところは、過去の成功体験にとらわれずに一緒にゼロから新しいことを始められる人、変化することを恐れない人です。私の役割は、そんな人を探し育てること。今でもそれは変わりません。学生向けの会社説明会では、私がたっぷり1時間、経営理念やビジョンを語ります。それに賛同できる人にこそ入社してほしいからです。経験や知識は問いません。内定後、1年かけて研修を行い、ホッピービバレッジで働くうえで必要なことは1から教えますから。私を信じて入社してくれる社員たちです。手間ひまや愛情、お金もかけて精一杯教える。社員教育にかけるものの多さなら、どこにも負けない自信があります。
 以来、会社は激変しました。私と思いを共有し、社員一丸となって、夢の実現に向け邁進できる組織の形になってきたと思います。その結果が5年で売上3倍というV字回復ではないかと考えています。


伝統と革新のバランスで老舗企業は生き残る
BP:今後の取り組みについてお聞かせください。
石渡氏:
守るべき伝統がある一方で、その表現の仕方には革新が必要です。変わらないことの価値、変わることの価値、どちらも必要です。
 時代の変化はますます加速し、アルコール飲料の世界でも大量の商品が出ては消えていきます。例えば、せっかく気に入ったお酒なのに、次回お店に行ったらもう売ってないことも珍しくありません。そのためか、変化と不安はセットになっている気がします。そこにこそ、ホッピーというブランドが、長い間お客様に愛し続けていただいている理由があるのではないでしょうか。60年以上、変わることのないホッピーの姿に、お客様は安心し、信頼を寄せてくださるのです。
 その一方では、ホッピーをつくる醸造技術も、ラベルのデザインもPRの手法も最新のものです。こうすることでホッピーは常にフレッシュであり続けることができます。おそらく老舗と呼ばれる企業は、どこも同じ取り組みをされていらっしゃるのではないでしょうか。
 ある有名な和菓子屋さんは、約500年の伝統を守りつつ、その表現手法は常に最新です。パリ、ニューヨークに出店し、昨年は、和菓子とシャンパンのマリアージュを提案されたのが印象的です。やはり、伝統と革新、変えてはいけない部分と変えるべき部分が明確ですね。ホッピーも、そうありたい。またそうでなければ、企業は生き延びることはできないと、私は思っています。

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石渡 美奈氏
M i n a I s h i w a t a r i

◎ P r o f i l e
1968年東京都出身。立教大学卒業後、日清製粉(現・日清製粉グループ本社)に入社。1993年に退社後、広告代理店を経て、1997年、祖父が創業したホッピービバレッジ(旧・コクカ飲料)に入社。広報宣伝担当から、2003年の副社長就任を経て、創業100周年を迎えた2010年に3代目社長に就任。著書には『社長が変われば、社員は変わる!』(あさ出版)、『ホッピーの教科書 みんなに愛される元気な会社の作り方』(日経BP社/日経BP出版センター)など。




Backnumber
【にっぽんの元気人】

・早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問 野口 悠紀雄氏 【Vol.57】

・経済アナリスト 森永 卓郎氏 【Vol.56】

・株式会社セブンイレブン 代表取締役社長 高城 幸司氏 【Vol.55】

・株式会社フジマキ・ジャパン 藤巻 幸夫氏 【Vol.53】


 
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