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にっぽんの元気人
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走っているのを見るだけでも、幸せな気持ちになれるタクシー会社とは?
“タクシー不況”は、年を追うごとに深刻化し、地方に行けば行くほど厳しい状況だが、そんな中で右肩上がりに売上高を伸ばし続けている会社がある。長野市の中央タクシーだ。車両115台規模で売上高15億円は全国でもトップクラス。強さの秘密は、利用客の心をとらえて離さない思いやりのこもったサービスにあるという。「中央タクシーが走っているのを見るだけでも、幸せな気持ちになれる」というほど客を魅了する秘密とは何か? 同社の創業者で会長の宇都宮恒久氏に聞いた。


「お客さまが先、利益は後」タクシー業界の常識に挑む
BP:中央タクシーには、接客サービスの素晴らしさを示すエピソードが数えきれないほどありますね。なかでも、乗務員さんがお客さんの子どものために靴下を届けてくれた逸話には感動しました。

宇都宮恒久氏(以下、宇都宮氏):
お客さまは、結婚式に出席するため、小さな男の子を連れて東京から長野にやってきた若いお母さんだったそうです。冬のとても寒い朝で、男の子の足は冷え切っていました。そこでお母さんは、タクシーに乗ってから乗務員に「この子に厚手の靴下を買ってあげたいので、式場に行く前に洋品店に寄ってもらえませんか?」と頼んだのですが、あいにく朝が早すぎて、どの店も開いていません。やむをえずそのまま式場に向かい、式が始まるのを待っていると、一時間後にその乗務員が式場にやってきて、自分が買った靴下を届けてくれたのです。お母さんは非常に感激されたようで、この乗務員にとても丁寧な感謝の手紙を送ってくださいました。このときの靴下は、いまでも大事になさっているそうです。

BP:もうひとつ驚かされたエピソードは、わずか数百メートルの距離でも、乗務員さんたちが嫌な顔ひとつせず、喜んでお客さんを運んでいらっしゃるということです。ほかのタクシー会社では、とても考えられません。

宇都宮氏:わたしたちのお客さまには病気のお年寄りや障害をお持ちの方も多く、そうした方々の中には、ご自宅から病院までわずか200〜300メートルの距離でもタクシーを利用する方もいらっしゃいます。わたしたち健常者にとっては200〜300メートルでも、お年寄りや障害をお持ちの方にとっては2〜3キロ、場合によっては20〜30キロに感じることだってあるはずです。そうしたお客さまの立場になれば、たとえ数百メートルでもクルマで運んであげたいと思います。わたしだけでなく、すべての乗務員が同じように思ってくれているはずです。
 中央タクシーは、間もなく創業40年を迎えますが、1975年に会社を立ち上げたときから「許認可事業としてではなく、サービス業としてのタクシー会社」を目指して取り組んできました。
 創業当時、タクシー業界のサービスの悪さには目に余るものがありました。お客さまをお客さまとも思わないような無礼な振る舞いや言葉遣いが横行しており、同じ業界に携わる者として、とても恥ずかしく感じたことを覚えています。だからこそ、われわれはサービスを第一に考えよう、お客さまに喜んでいただけるタクシー会社になろうと一生懸命努力をしてきたのです。
 当社は、「お客さまが先、利益は後」という基本理念を掲げています。利益はもちろん大事ですが、それ以上に、お客さまのご期待やニーズにしっかりとお応えすることが大切だと考えているのです。たとえ数百メートルでも、お客さまがそれをお望みであれば喜んでクルマを動かしますし、丁寧に送り迎えをさせていただきます。


乗務員同士の人間関係がサービスの質を高める
BP:そうした意識が経営者だけでなく、乗務員さんをはじめ全社に浸透しているのが素晴らしいですね。先ほどの靴下のエピソードですが、この乗務員さんの心温まるサービスは、自発的に行われたものだと聞きました。「お客さまが先、利益は後」という理念をしっかりと理解し、状況に応じて何をすべきかをきちんと判断できるからこそ、こうしたサービスを実現できるのではないでしょうか?

宇都宮氏:
当社には、サービスに関するマニュアルは一切ありません。乗務員に義務付けているのは、「ドアサービス」(乗務員がクルマを降りて客の代わりにドアを開閉するサービス)、「雨の日は傘を差してお客さまを送り迎えする」、「乗車時の自己紹介」の3つの基本動作だけで、それ以外のサービスはすべて、それぞれの乗務員が自発的に行っています。
 喜んでいただけるサービスはお客さまごとに千差万別ですし、その時々の状況によっても求められるものは異なります。すべてをマニュアルにしたら、もの凄い厚さになってしまうでしょう。そんなものは誰も読もうとは思わないので、マニュアルどおりのサービスが実践されるはずもありません。
 あえてマニュアルをつくらず、乗務員一人ひとりの自主性を尊重しているからこそ、本当の意味でお客さまに喜んでいただけるサービスが提供できるのだと思います。

BP:そうした自主性の高いサービスの秘密は、乗務員さん同士の緊密な人間関係にあると聞きました。

宇都宮氏:
乗務員をはじめとする社員同士が良好な人間関係を築き上げられれば、それはよい社風となり、よい仕事に結び付くと信じています。
 人間関係づくりのための工夫はいろいろありますが、例えば、2010年には
「ハートフルカード」というものを始めました。乗務員や内勤の事務員に会社の内外で見聞きした素晴らしいこと、感動したことなどをカードに書いてもらい、社内に掲示する活動です。
 「事務員の○○さんが駐車場わきの土手に花を植えてくれました。とてもきれいで毎日心が癒されます」とか、「○○さんは社内に落ちているごみを見つけると、勤務中でもすぐに拾って捨ててくれます。本当にありがとう」などと書かれたカードがいくつも並べられると、それを見ているだけでとても幸せな気持ちになります。同時に、それぞれの乗務員や事務員への親しみや感謝の気持ちが増して、人間関係がどんどん深まっていきます。
 創業時から人間関係づくりは重視していて、最初はあいさつの励行から取り組みました。乗務員が仕事に向かうときは「行ってきます」、内勤の事務員たちは「行ってらっしゃい」と明るく送り出す。戻ってくるときは「ただいま」「お帰りなさい」。そして、どんな些細なことでも「ありがとう」と感謝の気持ちをきちんと言葉で伝えること。あいさつが当たり前になれば、誰もが互いを思いやりますし、お客さまに対しても、自然に感謝と思いやりの気持ちが持てるようになります。
 まさに、よい人間関係からよい社風、よいサービスが生まれるわけです。


あえて未経験者を乗務員に 採用する理由とは?
BP:ところで、中央タクシーでは未経験者しか乗務員に採用しないそうですが、これは業界内では異例のことのようですね。狙いは何でしょうか?

宇都宮氏:
言葉は悪いかもしれませんが、経験者には業界の「垢」のようなものが染みついていて、なかなか拭い去ることができません。まっさらな状態であれば、何の先入観も持たず、お客さまが喜んでくださるサービスを最優先するわたしたちの理念や姿勢を自然に受け入れてくれるはずですからね。
 もちろん、未経験者ですから即戦力にはなりませんし、仕事や道順などをイチから教えなければならないので、育てるのには相当の時間が掛かります。現在のように、すべての乗務員が自発的にお客さまに喜ばれるサービスを提供できるようになるまでには、20年近く掛かりました。
 しかし、長い年月を掛けて築き上げてきた社風はしっかりとしていますから、新たに未経験者を迎え入れても、社員同士の人間関係に溶け込むうちに、当社の理念や姿勢をきちんと理解し、自発的に行動してもらえるような環境はすでに整っています。
 良好な人間関係には、人材の定着率を高めるメリットもあるんですよ。
 タクシー業界は慢性的な人手不足に苦しんでいて、年間の離職率は30%前後にも上るといわれます。当社も創業後しばらくは、なかなか乗務員が確保できず、採用してもすぐに辞められてしまうのが悩みのタネでした。
 ところが、乗務員同士の人間関係が緊密になるにつれて、離職率はどんどん低くなっていきました。素晴らしい仲間やお客さまとの出会いが、人材を繋ぎ止める力になるのですね。
 現在、当社の年間離職率は2%前後ですが、これはタクシー業界では奇跡とも言える低水準です。

BP:乗務員の方々に自主性があるだけでなく、一つひとつのサービスの中に、お客さまを思いやる気持ちが込められているのが素晴らしいですね。

宇都宮氏:
一人ひとりの乗務員には、何も「特別なことをやっている」という意識はないと思います。
 タクシー業は、お客さまを送り迎えすることで、そのお客さまの人生に触れる仕事なのですから、仕事を通してお客さまの人生をお守りするという気持ちがなければならないとわたしは考えています。その考えが40年近くに及ぶ歴史の中で会社全体にしっかりと定着し、すべての乗務員にとって当たり前のことになったのだと思います。
 乗務員のお客さまに対する思いやりの深さを示すエピソードがあります。
 1998年に長野冬季五輪が開催される直前の話です。世界中から選手や関係者、そして大勢の観客が押し寄せるはずなので、「これはすごい特需になるぞ」とわたしは大喜びました。
 すると、そんなわたしを見て、一人の乗務員がこんなふうに尋ねたのです。「五輪期間中、普段乗っていただいているおじいちゃん、おばあちゃんたちはどうなるんでしょう?」
 わたしは、その言葉にハッとさせられました。たしかに、特需に目がくらんで外部からのお客さまを優先したら、いつも当社を利用してくださっている地元のお客さまたちにご迷惑をお掛けすることになってしまいます。
 結局わたしたちは、五輪期間中も普段どおり地元のお客さまのためのサービスに努めました。
 本来ならわたしが一番に気付くべきことなのに、このときばかりは、お客さまに対する思いやりとは何かということを乗務員に教えられました。同時に、彼らのお客さまに対する思いやりが本物であることを実感できて、とてもうれしかったですね。

BP:中央タクシーは、長野駅から成田空港までをワゴンタクシーで結ぶ「空港便」や、自宅送迎付きのワゴンタクシーによる日帰りツアー「家からの旅」など、ユニークなサービスも提供していますね。

宇都宮氏:
いずれもタクシー業界では画期的なサービスだと思います。「空港便」は、ご自宅から空港まで送り迎えさせていただくことで、お客さまが自ら重い荷物を運んだり、鉄道やバスを何度も乗り換えたりする負担から解放されますし、「家からの旅」もご自宅まで送り迎えするので、お土産をたくさん買って荷物が重くなっても安心です。しかもツアーガイド兼任の乗務員が、当社の通常のタクシーと同じように思いやりのあるサービスを提供します。

BP:サービスの種類はさまざまでも、「お客さまが先、利益は後」という基本理念はすべてに共通しているわけですね。

宇都宮氏:
お客さまからお礼のお手紙をたくさんいただくのですが、そのひとつに「街で中央タクシーのクルマが走っているのを見るだけでも、とても幸せな気持ちになります」というものがあって、これを読んだときは「わたしたちがやってきたことに間違いはなかったのだ」ととても感激しました。
 これからも、お客さまに親しまれるタクシー会社であり続けられるように精一杯頑張ってまいります。


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宇都宮 恒久氏
Tunehisa Utunomiya

◎ P r o f i l e
1947年、長野県生まれ。日本大学工学部中退後、父親のタクシー会社に入社。後に「理想のタクシー会社」を作ると決意する。1975年、28歳の時に独立し、中央タクシーを立ち上げ、代表取締役社長に就任する。ときには“業界の常識”と戦いながら徹底した『お客様が先、利益は後』を貫き、中央タクシーを市民に愛される県下売上NO.1のタクシー会社に育てあげる。大半が赤字といわれるタクシー業界にあって、好業績を維持。2008年、会長に就任し、現在に至る。






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