新型コロナウイルスへの感染予防対策として在宅勤務が当たり前になった今日、1人で働くことの不安や孤独感にさいなまれるビジネスパーソンが増えているようだ。どうすれば、平穏な心を保って仕事に専念できるようになるのか? 在宅ワークを乗り切るためのメンタルヘルス管理や、リモート会議の生産性を高め、離れていてもチームとしての一体感を保つためのコミュニケーション方法などについて、作家で心理学者、心理コンサルタントの晴香葉子氏に聞いた。
BP:新型コロナウイルスの感染拡大に対応して政府が緊急事態宣言を出した今年4月から5月にかけて、企業が社員に在宅勤務を促す動きが広がりました。普段とは違う働き方を余儀なくされた結果、今まで感じたことのないストレスや不安に悩まされた方が、かなりいらっしゃるようです。これは心理学的に見ると、どういう現象なのでしょうか。
晴香葉子氏(以下、晴香氏):在宅勤務を強いられた方々が不安やストレスを感じるようになったのには、3つの大きな理由が考えられます。
1つは、新型コロナウイルスの感染拡大に対して「終わりのない恐怖」を感じてしまったこと。
2つ目は、いままでの日常が突然奪われ、仕事の進め方や暮らし方を急激に変えざるを得ない状況に追い込まれてしまったこと。
そして3つ目は、職場と家庭以外の心安らぐ場所(サードプレイス)を奪われてしまったことです。
まず第1の理由ですが、そもそも人間が感じる不安には、「理由が明確な不安」と「何となく感じる不安」の2種類があります。
入学試験や仕事のプレゼンテーションのように、目の前に迫っていることを「うまくこなせるだろうか」と感じるのは、理由が明確な不安です。こうした不安は、ことが終わってしまえば解消されるので、一時的、特定的な不安であると言えます。
これに対し、何となく感じる不安とは、「自分はこのままでいいのかな」といった漠然とした理由で感じるものなので、長期的、かつ持続的に続きます。
今回のパンデミックでは、具体的な脅威ではあるものの、解決の見通しが立たず、終わりが見えないことが、いつまでたっても不安が解消しない状態に人々を追い込んでしまっています。
本来、理由が明確な不安は一時的なものですが、先がまったく見えないことが、「何となく怖い」という気持ちを長引かせてしまっているのです。
2つ目の「仕事や生活で急激な変化を求められてしまったこと」は、わたしたちのストレスの大きな原因になっていると考えられます。
わたしたち人間の心には、無意識のうちに変化に伴うリスクを避け、現状維持したいという心理が働きます。
例えば、スマートフォンを買い替えたときに、自分の使いやすいように設定を変えたほうが便利であることはわかっているのに、現状を変えたくないので、初期設定のまま使い続ける方は意外と多いのではないでしょうか。
また、人間は、ある程度のことは自分で処理したい、自分の欲求どおりにしたいという気持ちを持っています。
それが制限され、いつもの働き方ではなく、在宅という働き方を強制されてしまったこともストレスに結び付いたのだと言えます。
BP:3つ目の「サードプレイス」を奪われたとは、どのような状況でしょうか。
晴香氏:サードプレイスとは、カフェや図書館、スポーツジムなど、職場でも家庭でもない、文字通りの「第三の居場所」です。
わたしたちは、仕事帰りや休みの日などにそうしたサードプレイスを訪れることで、息抜きをしています。
ところが、在宅勤務によって家にいることを強制されると、息抜きができなくなり、知らず知らずのうちにストレスがたまってしまうのです。いわゆる「自粛疲れ」と呼ばれる現象ですね。
これらの3つの理由が折り重なって、不安やストレスが蓄積していくのだと思われます。
BP:緊急事態宣言が解除されて以来、在宅勤務からオフィス勤務に戻す動きも広がっていますが、今後、新型コロナウイルス感染拡大の“第二波”“第三波”がやって来ると、再び在宅勤務せざるを得なくなる可能性があります。不安やストレスをためないようためには、どうすればいいでしょうか。
晴香氏:まずは、不安感に負けないようにするための生活習慣を心掛けていただきたいですね。 よく眠り、栄養バランスの取れた食事を取り、適度に運動することは不安やストレスを取り除くための基本です。
また、不安な気持ちを引きずりにくくするような舞台装置(生活環境)を設定してみることもお勧めします。
わたしたち人間の記憶や行動は、そのときの気分によって影響を受けるものです。例えば、同じ動画を見ても、気分がいいときに見るのと、そうでないときに見るのとでは、残る記憶に違いがありますよね。これを“気分の一致効果”と言います。
この効果を逆に利用し、生活環境にちょっとした仕掛けをすれば、その日の気分を高めることができるのです。
例えば、部屋をすっきり片付けてみたり、気分が上がるポスターや絵画、グッズ、家族写真などを置いてみたりするだけでも、不安感やストレスは、かなり和らぐはずです。
朝、目が覚めて、お気に入りのポスターや絵などを目にしたら、それだけでも元気のスイッチが入るのではないでしょうか。
BP:それなら手軽にできますし、すぐにでもやってみたいですね。
晴香氏:その他にお勧めしたいのは、不安感をプラスに変えることです。
不安は人間だけでなく、すべてのほ乳類が感じる心理です。目の前に恐ろしい敵が立ちはだかったり、太陽が沈んで暗闇が訪れたりすると、ほかの動物に比べて力の弱いほ乳類は、どうしても恐怖を感じてしまうのです。
つまり、わたしたちは不安とともに生きていかざるを得ないのですから、うまく折り合いをつけ、逆に利用していくしかありません。
不安な気持ちは、それを何とか解消しようとする行動を誘発します。新型コロナウイルスの感染が拡大すれば、「よし、マスクをしよう」とか「帰ったら手洗い、うがいをしよう」という行動を促すわけです。
不安に対する行動や備えを万全にすれば、安心感が生まれます。「準備を整えた」という達成感が不安に打ち勝って、心穏やかになれるのです。
BP:新型コロナウイルスだけでなく、大雨や地震などの自然災害でも、備えをしっかりしていれば、不安が解消されそうですね。
晴香氏:不安を解消する方法として、バーチャルなサードプレイスを作ることもお勧めしたいですね。
先ほども述べたように、職場でも家庭でもないサードプレイスが失われてしまったことが、心のバランスを崩しやすい原因となっています。
そこで、気晴らしとなる第三の居場所をオンライン上に求めてみるのです。
オンラインゲームを楽しむのもいいでしょうし、最近ではPCやスマホの画面上で博物や絵画などを楽しめるバーチャルミュージアムも増えています。
また、在宅勤務なら通勤時間がなくなるので、その時間を利用して、今までやりたいと思っていたけど、なかなかできなかった勉強や趣味を始めてみるのもいいかもしれません。
ちなみにわたしは、自粛期間中、家にいることが多かったので、以前から興味があったオンラインの書道教室に入門しました。
オンライン上ではさまざまな趣味や勉強の講座が開かれていますので、ストレス解消と自分磨きを兼ねて始めてみてはどうでしょうか。
BP:ところで、在宅勤務が当たり前になってから、それまでは対面で行っていた会議や営業をリモートで行う機会が増えました。画面越しに行う会議や営業は、なかなかスムーズにいかず、相手の表情や気持ちも読みにくいという声もあるようです。リモートによるコミュニケーションを円滑に進める方法があれば教えてください。
晴香氏:対面の会議とリモート会議の大きな違いは、すべてが記憶ではなく、記録に残ることです。
対面の場合、誰が何を話したのか、ということを議事録に残したとしても、その場の雰囲気などは記憶にしか残りにくいですよね。
ところが、リモートの会議は録画できるので、すべて記録として残ってしまいます。その結果、長々とした説明や、あいまいな意見を述べることはマイナスになってしまうので、なるべく単純明快に自分の意見を述べられるように、事前準備をしっかりしておくことが大切になります。
あらかじめ、会議で伝えたいことの要点を整理しておくことをお勧めしたいですね。
BP:忙しいお客さまにリモートで営業するときには、なおさら事前の要点整理が重要でしょうね。
晴香氏:ただし、効率優先で会議を進めようとすると、何となく場の雰囲気が殺伐としてしまうので、互いを和ませるために、心の温度が上がる言葉を掛け合うこともお勧めします。
会議の終わりに、「お疲れさま」とか「ありがとう」「明日もよろしく頼むね」「がんばろうね」といった、相手の心の温度が上がるちょっとした言葉を添えてあげると、離れた場所にいても部門やチームの一体感が強まり、一緒にがんばろうという気持ちになれるのではないでしょうか。
さらに、最後は会議の参加者全員がにっこり笑って終わらせるようにするのが理想です。
笑顔は世界共通のコミュニケーション方法で、本能的に互いの関係性を強め、安心感を与え合う効果があります。
日本人には、会議などの場面で笑顔を見せることに慣れていない方も少なくありませんが、照れずに、勇気を出して笑ってみましょう。
BP:画面だと表情が伝わりにくいので、多少オーバー気味に笑ったほうがいいのかもしれませんね。
最後に本誌読者にメッセージをお願いします。
晴香氏:新型コロナウイルスの感染拡大によって、すべての人がステイホームを余儀なくされた今年の3月は、日本人にとって、これまでの生活様式を大きく変えざる得なくなるボーダーラインだったと思います。
いまでは、在宅勤務やリモート会議、電子署名、セルフレジ、バーチャルコ
ンサートなど、生活でもジネスシーンでも、あらゆることがリモートでできるようになりました。
これらの変化は急激に起きたことですが、実は、技術的にはすでに準備ができていたことなのです。
使える技術はそろっていて、それを活用すれば新しい生活やワークスタイルがすぐに実践できることがわかったのですから、今後あらゆる面で技術の実用化が一気に加速するでしょう。
これからの10年は、さらに新しい生き方、働き方の概念が生まれ、それらを支えるIT技術へのニーズが高まっていきます。IT分野に携わる皆さんにとっては、大きく社会貢献できる、真の頑張りどきがやってくるのです。
不安やストレスに負けることなく、ぜひ頑張ってください。
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