2008年は100年に一度という未曾有の金融危機の年となった。米国のサブプライムローン問題に端を発する危機は、米国の金融資本を直撃し、大手証券会社や大手保険会社の経営破綻という事態にまで至った。米国経済の破綻は世界経済に深刻な影響を与え、世界規模の金融危機という事態になっている。そして迎えた2009年は金融危機が実体経済にまで影響を及ぼし、2008年を上回る景気悪化が予想される。
しかし、見方を変えればこのような景気後退期にこそビジネスチャンスはある。今回の特集では2009年のITトレンドを展望し、危機の中にも光っているビジネスチャンスという鉱脈を探っていくことにする。 |
2009年のITトレンドを占う前に、ここでは、過去10年間のITの動向を簡単に振り返ってみる。
今から10年前の1999年といえば、前年から米国でITバブル経済の崩壊が始まっており、2000年には日本国内でもITバブル経済の崩壊が始まる、まさに分岐点の年であった。市場にはすでに暗いムードが漂っていた。
1990年代には、メインフレームに代わって、UNIXやWindowsといったオープン系システムが急速に普及し、ITの将来性を疑う者はいなかった。だが、あまりにも急速なインターネットの普及は、ネット系ベンチャー企業への過剰な投資を促し、実体とかけ離れたITバブル経済を生んでしまった。そのような意味で、ITバブル経済の崩壊は、起こるべくして起こったものと言えるだろう。
ITバブル経済の崩壊は、現在、私たちが直面している米国のサブプライムローン問題に端を発する世界規模の金融危機と比較すれば、はるかに規模の小さいものだったが、現在の危機的経済環境に生かす教訓を引き出すことはできる。それは「このような時期に安定経営で乗り越えた企業が、次のフェーズで大きく成長する」というシンプルでわかりやすい教訓だ。
資本主義経済は好況と不況の循環を繰り返す。これは避けようのない事実だ。では、定期的にやってくる景気後退期に企業がするべきことは何だろうか。それは、無理に成長率を維持することではなく、安定を維持することだ。無理に事業拡大を目指すのではなく、現在の安定を維持する。そして、そのために有効な投資を行う。この原則に立つことが、今年あらゆる企業に求められるのではないだろうか。
ITバブル経済崩壊後の市場を牽引したのは、やはりITであった。ネット系ベンチャー企業への過剰な投資はなくなったが、インターネットの普及は続き、現在では新聞やTVなど、あらゆる通信メディアを陳腐化させている。クライアントPCだけでなく、携帯電話やゲーム機など、あらゆる端末がインターネットに接続している。
インターネットの普及にともなって、企業内システムのあり方も大きく変わった。現在では、あらゆる企業内システムが、インターネットへの対応を迫られている。インターネットを介して、社外から企業内システムにアクセスするVPNなどの仕組みがその一例であり、ソフトウェアそのものをWebサービスとして提供する考え方(クラウドやSaaSなど、後述)もその一例だ。
だが、こうしたインターネットの普及は、一方で課題を生むことになった。それは第一に、ウイルスやワームなどのインターネット上の脅威から企業内システムを守ることであり、第二に、地球環境に与える悪影響を抑制するために、増え続けるデータセンターからの排熱や空調使用による消費エネルギーを削減することだった。今日あらゆる企業がインターネット上の脅威への対抗、グリーンITという標語に代表される環境への配慮を抜きに、企業内システムを考えられないところまできている。
さらに、2008会計年度から施行された日本版J-SOX法による内部統制は、企業の会計監査や財務報告を厳しく規制することとなり、企業内システムも内部統制への対応を迫られた。1990年代には、クライアント・サーバ型システムによる、限りない水平方向へのシステムの拡張が行われたが、現在では逆に、システムの集中と管理が重要な課題になっている。個人情報保護法が求める情報漏えい対策の必要性も、システムの集中と管理を要求している。
このような21世紀の10年間の歩みを経て、2009年のITトレンドを探っていく。
現在、マイクロソフトが提供しているクライアントPC向けのOSは、WindowsVistaである。Windows Vistaは2006年11月末に企業向けのボリュームライセンスの提供が開始され、2007年1月に全世界で正式に販売開始された。Windows Vistaは、当初、マイクロソフトによれば「Windows 95以来の大きな変革をクライアントPCにもたらす」はずであった。
実際、Windows 2000のマイナーバージョンアップにすぎなかったWindows XPとは異なり、Windows Vistaの内部アーキテクチャは根本的に刷新されたものであり、メジャーバージョンアップと呼ぶにふさわしいものだった。Windows Vistaを語る時、多くの人は新しいシェルによるメニューやウィンドウの表示方法、Windows Aeroと呼ばれる3Dグラフィックスを用いた視覚効果に目を奪われがちだが、Windows Vistaの革新性はその内部アーキテクチャにある。従来の32ビットWindows OSで採用されていたWin32 APIは廃止され、新たに.NET Framework 3.0が搭載された。これにより、Windowsアプリケーションの開発環境は大きく変わった。
また、信頼性に関わるセキュリティ機能にも、目を見張るものがある。Windows Vistaでは、UAC(ユーザー・アカウント・コントロール)と呼ばれる機能により、ボットウイルスなどの脅威からシステムを保護する。一部のWindowsアプリケーションはUACとの相性が悪く、当初は不具合も報告されたが、現在ではアプリケーション側が対応を済ませており、積極的に評価できる機能だ。
だが、Windows Vistaの普及を妨げる2つの大きな要因があった。それは第一に、開発段階で新しいファイルシステム(WinFS)が削除されてしまったことだ。Windows Vistaのファイルシステムは、Windows 2000やWindows X P と同様のN T F S である。仮にWindows Vistaに新しいファイルシステムが搭載されていたら、マイクロソフトの言うように、「Windows 95以来の大きな変革をクライアントPCにもたらす」ものとなったはずである。
そして第二の要因として、Windows Vistaはハードウェア要件のハードルが高く、スペックの低いクライアントPCでは、満足なスピードで動作しない、ということがあった。Windows Vistaの企業への導入がスムーズに進まなかった最大の理由は、おそらくこの点だろうと思われる。現在のクライアントPCはハードウェアが簡素化し、CPU以外のプロセッサは搭載しない方向に進んでいる。だが、Windows Vistaの3Dグラフィックスを用いた視覚効果は、高速なGPUがないと動作しない。また、信頼性とセキュリティに重きを置いて開発されたため、カーネル自体が重いという欠点もあった。
そこで、マイクロソフトは、次期クライアントOSのWindows 7を2009年中に提供開始するとしている(公式には2010年初頭の販売開始予定)。このWindows 7は、Windows Vistaのマイナーバージョンアップだが、Windows Vistaで指摘されたさまざまな問題が解決されるという。
最大の改良点はスピードだ。2008年10月に開催されたPDC(マイクロソフトのソフトウェア開発者向け会議)で公開されたWindows 7のデモは、スペックの低いネットブックでも満足なスピードで動作することをアピールするものだった。Windows 7では、ブート時間が短縮されるとともに、Direct3D 11の2Dアクセラレーションが高速化されるため、画面描画も高速化される。そのほか、マルチタッチという、タッチパネルを用いる新しいユーザインターフェイスなども搭載される予定だ。
Windows 2000のマイナーバージョンアップにすぎなかったWindows XPが多くの企業に受け入れられ、5年以上の長期間にわたって愛用されたように、Windows VistaのマイナーバージョンアップにすぎないWindows 7が多くの企業に受け入れられ、愛用される可能性は大いに考えられる。販売店の皆様は、今からWindows 7へのアップグレードの提案を準備しておく必要がある。
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■21世紀IT関連法小史
■2009年IT投資を牽引するキーワード
次期クライアントOS『Windows 7』の画面
2009年から10年にかけて提供開始予定の『Windows 7』は、ブート時間が短縮されるとともに、画面描画が高速化される。タッチパネル方式による新しいユーザインターフェースなども搭載される予定。 |