フリーのスポーツジャーナリストとして新聞、雑誌、テレビなどで幅広く活躍する二宮清純さん。数多くの名将や名選手とのインタビューを通じて、チームを勝利に導く監督や、結果を出す選手に共通する資質を探り続けてきた。二宮さんが考える優れたリーダーやプレーヤーの条件は、ビジネスの世界にも通じるものがあるようだ。そこで、名だたる監督や選手のエピソードを交えながら、勝てるリーダーと伸びる人材のあり方について語ってもらった。
BP:二宮さんはプロ野球やJリーグなどの取材を通じて、監督をはじめとするさまざまなリーダーを間近でご覧になっています。そんな二宮さんが考える優れたリーダーの条件とは何でしょうか?
二宮清純氏(以下、二宮氏):リーダーに求められるものは組織の状況によっても違います。うまく機能している組織であれば、「俺の考え方はこうだ」とリーダーシップを発揮して無理やり組織を変える必要はありません。しかし、機能していない組織であれば勇気を持って改革しなければいけない。組織の現状をしっかりと把握しながら、それに応じた適切な対処をすることが本来あるべきリーダーの仕事だと思います。
例えばJリーグの生みの親である川淵三郎氏(現日本サッカー協会名誉会長)は1991年、日本のサッカー界の改革が待ったなしで、むしろプロ化は遅すぎるといわれた中でJリーグの初代チェアマンになりました。サッカーをプロ化するというのは非常に大変な事業だったと思います。日本サッカー協会の中には「時期尚早だ」とか「前例がない」と抵抗した人々もいたわけですけど、それを乗り越えていかないと新しいものが生み出せなかった。そういう状況の下で、非常に力強いリーダーシップを発揮されたと思います。
一方で西武ライオンズ元監督の森祇晶氏は、1980年代に当時としては最強のプロ野球チームを率いたわけですが、監督としては個々の選手に目配りや心配りをするだけで、あまり自分から動くことはありませんでした。当時の西武は戦力が安定していたので、「リーダーがじたばたしてはいけない」という判断があったのでしょう。
対照的に東北楽天ゴールデンイーグルス元監督の野村克也氏は、どちらかと言えば弱いチームばかりを率いてきたわけですけど、そうなると、じっと構えて選手に任せるという感じにはとてもなれない。一人ひとりにしっかりと教育をして、戦うには何が必要かを教え込んでいかなければならないわけです。
このチームにおいては動いたほうがいいのか、動かないほうがいいのか。改革すべきなのか、今やっていることを継続すべきなのか。そういうことを見極められることがリーダーの条件ではないかと思います。組織の現状を理解せずに自分の主張を押し付けるのはエゴイズム以外の何物でもありません。場合によっては色を出さないことも、リーダーの資質の一つではないでしょうか。
BP:ビジネスの世界では、営業成績のいい人がリーダーになっても、必ずしも組織がよくならない例もあるようですが、スポーツの世界ではどうでしょうか。
二宮氏:まったく同じです。大切なのは自分の成功体験を押し付けないこと。往々にして今日の成功体験は明日の失敗体験なんですよ。「俺はこれでうまくいったから、お前たちも同じようにやれ」という人が時折いますけど、あまりうまくいかないことのほうが多いですね。
中日ドラゴンズの落合博満前監督は、2011年シーズンまでの8年間で4回リーグ優勝したわけですが、優勝した年はいずれも防御率がリーグトップです。簡単に言うと落合中日は守り勝ったわけですよ。中日の強さというのはピッチャーを中心とした守備力ですよね。落合氏は、現役時代は「オレ流」で通した個性のある野球人で、三冠王を3度も取った打撃の名人でしたが、監督としては守りの野球に徹した。落合氏自身、「自分は打撃の人間だ。しかし、強いチームをつくるならば、ピッチャーを中心とした守りの野球だ。そのほうが確実性は高い」と述べています。つまり、現役時代の自分の成功体験を捨てているわけです。自分の成功体験に縛られている人はリーダーには向かないと思いますね。
BP:二宮さんはつねづね、チームが人を活かすには、適材適所に加えて適時を見極めることが大事だと語っておられますね。その意味を教えてください。
二宮氏:私が適材適所に加えて、適時が大切だと言っているのは、どのタイミングでポジションを与えるのかということも非常に重要な要素だからです。誰からも認められるときに、リーダーが「いまこそ任せるべきときだ」と的確に判断してポジションを与える。または大きな仕事を与える。これが大事だと思います。早過ぎても遅過ぎてもいけません。本当に能力が備わってきて、「いまならいい仕事ができる」というポイントを見極めることが大切ですね。
プロ野球でも、ドラフト1位のエリートだとしても、最初からレギュラーを任せて成功した例はあまり多くありません。清原和博や松井秀喜のようなスーパースターは別格ですが、いきなり1軍に抜擢しても、なかなかプレッシャーを克服できないケースが多いですよね。かといって2軍で実績を残したにもかかわらず、なかなか1軍に上げてもらえなかったら、その人間はクサってしまいます。
タイミングよく能力に応じた仕事を与えるためには、リーダーがつねにそれぞれのプレーヤーの状況を把握しておかないといけません。私は「目配り、気配り、心配り」と言うんですけど、つねに見ておかないとタイミングを見失ってしまいますからね。
例えば近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブ(現バファローズ)の監督を務めた仰木彬氏は、適時を絶妙にとらえることのできるリーダーだったと思います。
仰木氏が現在大リーグで活躍するイチローと出会ったのは、イチローがオリックスに入団して3年目だったのですが、彼の才能を見出すと、選手登録名を本名の鈴木一朗から片仮名のイチローに改めてレギュラーに大抜擢しました。1〜2年目はレギュラーに定着できなかったけど、野球のセンスは素晴らしく、もうそろそろ売り出すべきだと考えたのでしょう。当時、仰木氏から電話をいただいて「今度イチローを売り出したいから、ぜひ記事にしてほしい」と頼まれたことを鮮明に覚えています。仰木氏は「野球選手は女優と同じ。観られてナンボなんだ」というのが持論でしたからね。その期待に応えて、イチローはこの年、年間210安打の日本新記録を樹立し、その後7年連続で首位打者になったのです。まさに適時の成功例だと思います。
BP:仰木氏と言えば、イチローや野茂英雄氏ら個性のある選手を、その個性のままに活かしたことも高く評価されているようですね。
二宮氏:人を育てようと思ったら、まずはその人の個性を認めることが大切だと思います。個性を潰してしまうと、どうしても選手のエネルギーが出てこないですね。野茂のトルネード投法やイチローの振り子打法などは、日本の野球界において当初は邪道なフォームと言われていましたが、仰木氏はまず彼らの個性を認めました。認められたからこそ野茂やイチローは育ったのだと思います。選手にとってフォームというのは自分のアイデンティティです。それを頭ごなしに否定されたらアイデンティティが崩壊した気分になるんですよ。個性を認めることによって、能力がどんどん発揮されるのだと思います。個々の力が上がることによって組織にも貢献できるわけですからね。
よく「個人を取るか、組織を取るか」という議論がありますが、その考え方自体が古いと思います。これからは、個人が伸びれば組織に貢献できる、組織も個人を伸ばす器がないといけない。個人と組織がウィンウィンの関係で相乗効果を図る時代が来ているのではないでしょうか。個々の選手には、自分たちの力を伸ばすことに専念できる環境を与えたほうがいい。それをしっかりマネジメントしていくことこそがリーダーの仕事だと思います。
BP:一方で、伸びる選手の条件とは何でしょうか?
二宮氏:失敗は誰にでもあるわけですが、「なぜ自分は失敗したのか?」と虚心坦懐に振り返り、反省し、検証して、次に活かせる人はスポーツ選手に限らず、ビジネスマンでも伸びるのではないでしょうか。
これはあくまで私の基準ですが、スポーツ選手には「超一流」「一流」「二流」「三流」の4つのカテゴリーがあると思っています。
超一流は、天才的で、何をやっても失敗しない人。これはほんの一握りのエリートで、浜辺でダイヤモンドを探すよりも難しいかもしれません。
一流というのは、先ほども言ったように失敗を次に活かせる人。二流は同じ失敗を何度も繰り返し、三流は失敗を恐れて何もやらない。超一流になれる人はほとんどいませんが、二流の人であれば一流にはなれると思います。でも三流は一流にはなれない。失敗を恐れて何もしないわけですからね。
失敗を検証するのは、自分を責めることになるので非常にしんどいですよね。私もそうですが、人間は失敗をすると、どうしても他人のせいにしたがります。「相手が悪かった」とか「上司に恵まれなかった」とか(笑)。
ただ、そこで逃げてしまっていては成長がないわけです。きちんと失敗を反省し、検証できる人のほうが成長する。そしてそういう人たちが増えれば組織も強くなるのだと思います。
BP:最後にBPナビゲーターの読者にメッセージをお願いします。
二宮氏:長引く不況や東日本大震災などの影響で、日本全体が閉塞した空気に包まれているように感じますが、「今日よりも明日はよくなる」という精神を持つことは非常に大事だと思います。
恐慌のことを英語でDepression(ディプレッション)と言いますが、この言葉は精神医学においては「うつ病」のことを意味しています。経済を良くするのも、悪くするのも、まずは気の持ちようということではないでしょうか。
カラ元気でもいいから、苦しい中に明るい兆しを見つけていく気構えのようなものが必要なのではないかと思います。先の見通せない時代でも、何かしらチャンスの手掛かりがあるはず。それを探すために、個人個人がアンテナをしっかり張っておくべきですし、感性を磨くべきです。
将棋の羽生善治氏は、先が見えない局面になるほど「これは面白い」と思って燃えるそうです。どうやってこの難局を打開しようかと。羽生氏の強さというのは、もちろんあれほど頭脳明晰な人はいないわけですが、それだけでなく、自分が危機に立たされた状況を面白がることができるメンタルの持ち方やセンスに秘密があるのではないかと思います。そんな精神のしなやかさ、したたかさを、わたしたちも学ぶ必要があるのではないでしょうか。
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