わかりやすい経済解説と親しみやすいキャラクターが愛され、テレビで見ない日はないほど忙しい毎日を過ごしている経済アナリストの森永卓郎さん。その森永さんが「戦後最大の衝撃」と語る東日本大震災によって、日本経済は今後いったいどうなるのか? 個人として、そしてIT業界関係者として、速やかな被災地の復興と日本経済の復活のためにできること、やるべきことを教えてもらった。森永さん自身の復興に向けての取り組みや、IT活用術についても紹介する。
BP:今回の東日本大震災は、日本経済にどのような影響をおよぼすでしょうか?
森永卓郎氏(以下、森永氏):阪神・淡路大震災の被害規模は約10兆円でしたが、今回の震災被害は政府の暫定推計で16兆〜25兆円といわれています。
これはあくまでインフラや建物などが物理的に破壊された金額で、原発事故や計画停電などの被害は含まれていません。それらを含めた被害総額は30兆〜50兆円におよぶ可能性もあります。
また、阪神・淡路大震災の被災地は神戸や淡路島など限定されたエリアでしたが、今回の被災地は東日本全域に広がっています。原発事故や電力不足など、地震と津波以外の被害もあり、その影響が長期化しそうなことも大きな問題です。原発問題が処理されるまでには10年以上かかるでしょう。今回の震災が日本経済にとって戦後最大の衝撃となることは間違いありません。
BP:復興に向けて、どのような取り組みが求められているのでしょうか?
森永氏:阪神・淡路大震災のときは、地震発生から2年目までの復興費用として総額約3兆4000億円の財政出動が行われました。そのおかげでこの2年間の近畿経済の成長率は全国平均よりも高かったんです。今回も政府が思い切った対策を取れば、復興需要で日本経済をよみがえらせ、むしろ今まで以上に明るくできる可能性もあります。
もし僕に自由にやらせてくれるのなら、まず30兆〜50兆円の大規模な復興予算枠を確保して、必要と思われることに積極的にお金を投入します。
こう言うと、必ず「財源はどうするんだ」という人がいるんですが、「国家財政が厳しいから金は出せない」という考え方は間違っていると思います。
国家財政というのは、国の借金がGDPの何倍になったからといって破たんするものではないんですよ。例えばギリシャは2010年に財政破たん危機に瀕しましたが、ギリシャの債務は日本よりも小さいんです。それなのになぜ危機に瀕したのかといえば、借金の約7割を国際金融資本から借りていたから。日本の国債の95%は日本の国民が持っているので、例え格付けが引き下げられても、国債が外国に売り浴びせられる心配はありません。だから日本は、GDPの何倍もの借金を抱えても財政破たんはしないんですよ。
BP:とはいえ、30兆〜40兆円もの巨額の復興予算を具体的にどうやって調達するのでしょうか? やはり消費税を引き上げるしかないのでしょうか?
森永氏:不景気のときは絶対に増税をしてはいけません。消費税を引き上げたりすれば経済はガタガタになってしまいます。阪神・淡路大震災の2年後に消費税率を3%から5%引き上げたせいで、日本が長期のデフレ不況に突入したことが何よりの証拠です。
庶民からお金を取るという発想が、そもそもの間違い。庶民のお金の大半は銀行に預けられ、銀行はそのお金で日本国債を買っています。つまり庶民のお金はすでに、間接的に日本の国家財政を支えてくれているのです。
むしろ、お金持ちのお金を有効に活用すべきでしょう。お金持ちは、庶民に比べて自由に動かせるお金を持っていますからね。
ちょっと危険ですが、お金持ちに無利子無記名の復興国債を発行するのもひとつの方法だと思います。
わたしはこれまで、無利子無記名国債を発行すると相続税の脱税を招きかねないので反対してきたんですけど、そもそも日本の相続税の税収は年間1兆3,000億円ぐらいしかありません。だったら相続税の収入を多少減らしてでも、数十兆円の復興資金の確保に力を入れるべきなのかもしれません。
復興国債をすべて日銀に引き受けてもらう方法もあります。いずれにしても思い切った財政出動を行えば、復興需要が出てくるはずです。
いまは円安が進んでいますよね(編集部注・インタビュー日は2011年4月12日)。なぜ円安になったのかというと、日銀が震災直後に資金供給を増やしたからです。「震災復興」という大義名分があるので、いまは外国に遠慮することなく、大手を振って為替を円安に誘導できる絶好のチャンスなんです。
大型財政出動によって内需が活発化する一方で、為替が円安に向かえば輸出産業も息を吹き返します。今年は一時的に経済が低迷すると思いますが、きちんとした政策を打ち出せれば、少なくとも向こう2年ぐらいは日本の経済は大丈夫だと思います。
BP:ただ、震災の影響で国民の気持ちは萎縮し、消費が伸び悩んでいます。
森永氏:自粛ムードを何とかしないといけませんね。今、外食産業は存亡の危機に直面していますし、レジャー産業も観光業も、こんな状態が半年も続いたら潰れてしまいます。
今こそ、「本当の豊かさとは何か」ということを見つめ直すべき時なのかもしれません。人間はパンと水だけで生きているわけじゃない。「無駄なもの」があること、「選択肢が豊富である」ことが本当の豊かさだと思うんです。それが震災以降、世の中がどんどん逆の方向に向かっている。最近の自粛ムードはまるで、「旧ソ連型の計画経済路線か?」と思ってしまいます(笑)。
実は、日本では「これがないと死んじゃう」という産業に従事している人はそんなに多くありません。労働人口の3分の2以上は不要不急の仕事をしているんです。無駄がどんどん削られると、日本人の3人に2人が生きていけなくなる。自分で自分の首を絞めることになってしまうんですよ。
BP:本誌の読者であるITソリューションプロバイダは今後、復興にどのように携わっていくことができると思いますか?
森永氏:僕は、「被災していない人は普通に暮らして、普通以上に働くのが復興への大原則」だと言っているんですが、普通の暮らしをしながらも、電力消費については気を遣うべきでしょうね。そうしないと、国民全体が豊かさを享受できなくなってしまいますから。
今は技術がどんどん進歩していて、新しい家電の消費電力は10年前に比べて半分ぐらいまで下がっています。
生産のために必要な電気を「夏場の電力確保のために25%削減しろ」などというのは論外ですが、本当に要らない電気は使わないほうがいいと思うんです。コンセントを抜くのが面倒なら、スイッチ付きのテーブルタップを使うのも方法です。出掛けるときは根っこから抜くだけでいいんですから。
IT機器や情報家電のいちばん大きな問題は電力消費です。この間、ちょっと調べたんですけど、実はテレビよりもパソコンのほうが意外に電気を消費しているんです。テレビや冷蔵庫などの家電は、店に陳列されている製品を消費電力で比べることができるけど、IT機器や情報家電の場合、これまで消費電力が比較検討の目安とされることはほとんどありませんでした。
でも、今回の震災をきっかけに、パソコンも少しは電力消費は気にしながら選ばないといけない時代になったのかなと思います。
ユーザが新しいマインドを持つと、メーカーはそれに対応して競争を始めるんですよ。そして競争が繰り広げられると技術は大きく進歩します。今後、パソコンなどIT製品の省エネ性能は飛躍的に向上するかもしれません。
ITソリューションプロバイダも、そうしたユーザの意向の変化を汲み取って省エネグッズを販売したり、パソコンに関しても従来のスペックだけでなく、電力消費についてきちんとユーザに伝えることが大事だと思います。
大規模停電が発生して経済がストップするようなことは、絶対に許されないですからね。
BP:震災直後の計画停電でも、企業の生産活動は大きなダメージを受けました。万が一、大規模停電が発生したら大変なことになりそうですね。
森永氏:計画停電がなぜダメかというと、突然の停電で生産ラインが止まってしまうと、すべての段取りが台無しになってしまうからなんです。だから工場は、計画停電が実施されるときは、事前にラインを止めて待機していなければならない。「停電するかもしれない」ということだけで、大変な損害が出るわけです。そういう非効率をなくすためにも、不要な電気はなるべく使わないようにするべきだと思います。
BP:森永流の節電術はありますか?
森永氏:一昨年、事務所の照明をすべてLEDに換えました。照明の消費電力を減らしても、誰も不幸にもならないし、誰も窮屈な思いをしない。そういう節電をすべきだと思うんです。みんなが暗い中で縮こまっている節電じゃなく、明るいんだけど、消費電力は半分で済むような節電。大塚商会さんでも販売しているLED照明がもっと売れれば価格がこなれますので、ぜひもっと積極的にLED照明の普及を図っていただきたいですね。
BP:ところで、森永さんは普段どのようにITを活用されていますか?
森永氏:パソコンは無茶苦茶使っていますよ。キーボードを打つのも速いですしね。スケジュールもすべてパソコンで管理しています。
あまり変わった使い方はしていないけど、メモを残す代わりに思い付いたことは自分で自分にメールを出すようにしています。気になった新聞記事も、スクラップする代わりにデジカメで写真を撮って、メールに添付して送っておきます。電子メールソフトには検索機能があるので、ほしいメモを呼び出すのも簡単ですからね。
BP:最後に、今後の森永さんの活動について教えてください。
森永氏:わたしなりの日本の復興ビジョンを世に問いたいと思っています。ビジョンの中核となるのは、数十兆円の資金を確保して、首都機能を福島に移転すること。すでに1990年に首都機能移転の国会決議が採択されているので、実現には何の障害もありません。
東京都の試算によると、移転にかかる費用だけで約20兆円。このほかに毎年数兆円の需要が生まれます。それだけ、地元の被災者の雇用が継続的に生み出されるわけです。
これにより、まず東北の内陸部を復興して、沿岸部については数年かけて土地の権利を調整しながら再開発をします。安心安全でバリアフリーな、環境にもやさしい世界最先端の街をゼロから作り上げるのが最終ゴールです。ぜひ積極的に提言していきたいですね。
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