パートとして駅弁販売に携わり、100人以上のアルバイト・パートが働く駅弁販売営業所長に大抜擢された三浦由紀江さん。みるみる駅弁の販売数を伸ばしたことで話題を集め、著書『時給800円から年商10億円のカリスマ所長になった28の言葉』はベストセラーとなった。普通の専業主婦だった三浦さんは、なぜビジネスを大成功に導くことができたのか?その背景には、自らが「楽しんで働き」、その雰囲気を部下と共有して会社全体のやる気を引き上げるという独特の考え方があった。
BP:著書『時給800円から年商10億円のカリスマ所長になった28の言葉』を面白く読ませていただきました。そもそも三浦さんのこれまでのご経歴自体が、非常にユニークですね。
三浦由紀江氏(以下、三浦氏):本にも書いたとおり、もともとは普通の専業主婦だったのですが、44歳のときにパートとして駅弁売り場で働き始め、52歳のときに、駅弁売り場や駅ナカのレストランなどを運営するJR東日本グループの日本レストランエンタプライズ(NRE)という会社に正社員として採用されました。その1年後には、NREの中でも“赤字営業所”として知られていた大宮営業所の所長に任命されています。パートから入った社員が、しかもたった入社1年で所長を任されることになったのですから、周りからも驚かれましたけど、自分自身でも正直びっくりしました。
「三浦ならやってくれる」と社長自らが決断した人事だったようですが、本当に自分に務まるのかどうか、最初はまったく自信がありませんでした。
BP:ところが、所長就任からわずか1年で大宮営業所の売り上げは5000万円もアップ。4年目には1億1000万円もアップさせるという大成功を収めています。現場を切り盛りするパートやアルバイトの方に「楽しんで働いてもらうこと」が成功の秘訣だと書かれていますが、それだけでこれほどの成果を上げられるものなのでしょうか?
三浦氏:「それだけで」というよりも、まさに「それこそが」ビジネスを成功に導く秘訣ではないかと思います。
「楽しんで働いてもらう」ためには、仕事に対する一定の責任や目標を持ってもらい、それを自分自身の力で果たしてもらうことが大切です。アルバイトだから、パートだからと言って、上から仕事を与えられるだけでは全然楽しくないし、「もっと頑張ろう」という気持ちも生まれてきません。
パートとして働いていたころ、会社から「この弁当を売りなさい」という指示を出されても、自分で食べてみて「おいしくない」と感じた弁当は「こんなもの売れるはずないし、売りたくもない」と正直に言っていました。
いまでこそ、正社員になって管理職も経験したので、会社として売らなければいけない弁当もあるという“大人の事情”はある程度理解できるようになりましたが、いまでも、自分がおいしいと思わない弁当をお客さまにお勧めすることには抵抗を感じます。
でも、自分がおいしいと思う弁当だったら、ぜひお客さまにも食べていただきたいと思うし、自信を持ってお勧めできるはずです。なので、当時の上司の判断でパートであるわたしが弁当の発注を自分ですることになりました。
すると「自分が選んだ弁当なのだから、頑張って売らなければ」という責任感が生まれますし、自信を持って多めに発注しておいた弁当がきれいに売り切れると、何ともいえない楽しさがこみ上げてくるものです。
そんな楽しさを大宮営業所で働くアルバイトやパートの皆さんにも味わってもらおうと努めたことが、数字にもつながったのではないかと思います。
BP:売り上げアップのもうひとつの秘訣として、駅弁業者さんと一緒に「売れる駅弁」を開発してきたことも本に書かれていますね。
三浦氏:これは子どものころからそうなのですが、わたしは「おいしくないもの」をどうしても受け入れられません。夕食に出されたおかずでも、ほかのきょうだいは何も言わずに食べているのに、「なぜ文句ばっかり言うの!」と、よく母親に叱られていました(笑)。
お弁当についても、駅弁業者さんに直接掛け合って「これじゃ売れないから、もっとおいしい弁当を作ってほしい」と本音で感想を言って、共同開発してきたのです。
業者さんにとっては耳の痛いことも言ったかもしれませんが、熱意を持って向き合うと、「どうすればおいしいお弁当がつくれるのか?」とお互いに前向きな話ができるようになります。こちらが本気であればあるほど、相手も真剣に取り組んでくれるのです。 おかげでとても魅力的な駅弁を売り場に並べることができて、売り上げアップにつながったと思います。
わたしが駅弁業者さんたちと心をひとつにできたのは、それまでの担当者たちとは接し方が違うことも大きかったのかもしれません。
これは食品に限らず、あらゆる業界に言えることですが、発注先にはどうしても“上から目線”になってしまうことってあると思うんですよね。
たとえば、駅弁に張られた表示ラベルの間違いをお客さまから指摘されたとき、それを駅弁業者さんに厳しく問い詰めるのは簡単ですが、間違って張られているのを見過ごしたわれわれにも落ち度があるわけです。
そんなときは一方的に発注先を叱責するのではなく、「お互いにミスのないやり方を考えましょう」という謙虚な姿勢で接することが大事なのではないでしょうか。それが互いへのリスペクトにつながり、いい商品やいいサービスを生み出していくのだと思います。
アルバイトやパートの方と接するのと同じように、発注先に対しても「自分が相手ならどう感じるか」ということを思いやることが大切でしょうね。
BP:本の中では、クレーマー対策についても書かれていますね。実際、駅の売店ではお客さまからさまざまなクレームを受けることが多いと思いますが、理不尽なクレームに対処するコツについて教えていただけますか?
三浦氏:まずは絶対に逃げないこと。そして、明らかに相手の言い分が理不尽であると思われる場合でも、「申し訳ありません」と頭を下げることですね。
対応が面倒だからと、つい相手に言われるままにお金を払ったりしてしまうケースもあるようですが、それだと悪質なクレーマーを付け上がらせて、繰り返し同じ被害に遭ってしまうこともあります。
逃げずに対応していると、相手がついうっかり矛盾したことを言い出して、言いがかりにすぎないことが露呈するケースが多いものです。明らかに言いがかりだと確信が持てるようになるまで、とにかく頭を下げ続けることです。
逃げずに接するようにすると、クレーマー側が警戒して、あまり店に来なくなります。同じNREの店でも、クレーマーの多い店とそうでない店がありますが、逃げずに接している店のほうが少ないようですね。
一方で、明らかに店側に落ち度があるにもかかわらず、お客さまを過度に疑ったり、冷たい仕打ちをしたりして店の評判を下げてしまうこともあります。これはかなり注意が必要ですね。
実際にあった例で言うと、100円で買ったおにぎりのごはんが硬かったので、交換または返金してほしいというクレームを受けたことがありました。
調べてみたところ、お客さまのおっしゃるとおり、通常は18℃前後で保存するはずのおにぎりが、その日に限って3〜5℃で保存したせいで、ごはんが硬くなっていたのです。ところが、対応した店員はクレーマーによる言いがかりだと思って、ついお客さまに冷たい態度を取ってしまいました。
よくよく考えればわかることですが、100円程度のお金をせしめるために、わざわざ店までやってくるクレーマーはそう多くありません。むしろ、そのお客さまは善意で「ごはんが硬くなっているよ」と教えに来てくださったのです。これはお店にとって非常にありがたいことです。普通ならわざわざ文句も言わず、「もう二度とあんな店で買うものか」と思われて、お客さまが減っていくだけなのですから。
たとえどんなクレームを受けても、まずは「申し訳ありません」と頭を下げるべきなのは、そうした善意のお客さまの心を傷つけないためです。
逃げずに対応することと、「申し訳ありません」と真摯に対応することはアルバイトやパートの方々にしっかりと伝えるべきです。そのうえで、どうにも収拾がつかなくなったら、上司がきちんとフォローしてあげることも忘れてはいけません。頼れる上司の後ろ盾があればこそ、アルバイトやパートの方も自信を持って、粘り強く対応できるようになるからです。
BP:「楽しんで働いてもらうこと」の話に戻りますが、アルバイトやパートの方にのびのびと働いてもらうには、上司がそのための環境をいかに整えてあげられるかが肝心だと思います。三浦さんは、上司がつねに笑顔で接することが大切だとおっしゃられていますね。
三浦氏:形式的だと思われるかもしれませんが、笑顔になろうとすると、心もだんだん楽しくなってくるものです。
学問的なことはよくわかりませんが、脳科学や心理学でも、笑いと心地よい精神状態の相関性は明らかにされているようです。
かといって、「笑い」は他人に強要できるものではありません。だから、まずは自分が笑うことで、みんなにも笑顔が伝わればいいと考えているのです。
パートのころから、出社するとすぐに「よっ、元気?」とみんなに声をかけ、冗談を言ったり、おどけたりして、「まるで芸人みたい」と言われることもありましたが、それで職場の雰囲気が明るくなれば、自然に「楽しく働こう」という気分が盛り上がるのではないかと思います。
もちろん、駅弁販売は決してラクな仕事ではありません。
1日中立ったままで接客しなければなりませんし、ホームの上にある店は、夏はうだるように暑く、冬は凍えるように寒いですからね。
それでも、上司が笑顔で送り出してあげれば、「よし。寒いけど、今日も1日楽しんで頑張ろう」という気分になってくれると思いますし、自分なりに仕入れや売り方に工夫を凝らして駅弁が売れると、本当に楽しくなってくるものなんです。
上司は、会社の上のほうばかり向いていないで、現場で働いてくれるアルバイトやパートの方々にしっかりと向き合い、気持ちを盛り立ててあげることが大切ではないかと思います。
BP:本の中で、上司が部下に接する心構えとして、「正論に勝てるのは愛情である」という言葉が書かれていたのが印象に残っています。
三浦氏:正論を振りかざしても、それで物事が動くことはありませんし、人はついてきません。自分の論理を通すためには、相手に聞いてもらえるようにすることが必要です。
そのためには、まずは愛情を持って部下に接することがいちばん。互いの信頼関係を築き上げてこそ、「あの上司のためなら、俺は頑張ろう」という気持ちになるのだと思います。
もちろん、仕事の上では部下に厳しく接しなければならないこともありますが、厳しさの裏側にやさしさや愛情をにじませる配慮は必要だと思います。
愛情に支えられた人間関係は、組織としての力を高めてくれるはずです。
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