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にっぽんの元気人
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叱っても、ほめてもいけない アドラーが唱える対人関係のあり方とは?
フロイト、ユングと並び“心理学の3大巨頭”と称されるアドラーの思想をわかりやすく紹介し、135万部を超えるベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社刊)。その著者の1人であり、既存の対人関係の常識を大きく覆す「アドラー心理学」を30年以上にわたって研究し続けているのが岸見一郎氏だ。上下関係や競争を否定し、叱ること、ほめることも問題だとするアドラー心理学の考え方について、会社の上司と部下の関係を例に挙げて解説していただいた。

競争関係ではなく「協力関係」を築く
BP:アドラー心理学では、上下関係や競争を否定し、互いを対等な関係の仲間として認め合い、助け合うことが大切だとしていますね。日本のように上下関係が厳しく、なおかつ競争も激しい社会においては、なかなか受け入れられにくい考え方であるように思えますが。

岸見一郎氏(以下、岸見氏):
職場の対人関係が競争関係になると、負けた人は仕事に対する意欲を失い、勝っている人も「次は負けるかもしれない」とつねに不安に怯えることになりかねません。激しい競争にさらされて精神的に不安定になる人も出てくるでしょう。
 競争は精神的な健康を損なう大きな要因のひとつなので、対症療法的に1人ひとりのメンタルヘルスケアを行っても、競争関係そのものを抜本的に見直さないと、精神の健康を損なう人が次々出てくる可能性もあります。
 会社では営業成績を上げることは必須なのでしょうが、上司が営業成績の伸びない部下に対して非難や批判をしても何も変わりません。競争を助長したところで成績が伸びることはないと思われます。
 部下の営業成績が伸びないのは、上司の責任です。教育現場の例を挙げると、学校の先生の中には、生徒の親に「お宅のお子さんは、わたしの授業に付いてこられないようなので塾に行かせてください」と言う人がいます。
 この場合、先生の教え方が上手ではないから、生徒の成績が伸びないのです。
 自分の教え方を棚に上げて、「わたしの授業に付いてこられない」と生徒を責めるのはおかしいのではないでしょうか。
 同じように、職場の若い人の営業成績が伸びなかったとしたら、その責任は上司にあると考えるべきだと思います。なのに、自分のことを棚に上げて部下を責め立てるようなことを上司がしたら、部下が精神的に健康でいられるはずがありません。
 上司と部下は役割こそ違うかもしれませんが、その役割を超えて相談し合えるような「協力関係」を築くことが大切です。
 組織は競争によって成り立つのが当たり前と思っている人が多いようですが、協力関係をきちんと打ち立てなければいけないと思います。

BP:「縦の関係」ではなく、対等な「横の関係」で協力し合うということですね。

岸見氏:
職責が重くなると、それだけで偉くなった気分になったり、これまでとは違う態度を取らなければいけないと思ったりする人が多いようです。
 しかし、職責の上下は人間の上下関係を意味するものではありません。
 たしかに上司と部下とでは、知識や経験、取らなければならない責任の量が違います。でも、量の違いこそあれ、若い人たちにも組織における役割があるのです。まずは上司や部下に対して「役割分担が違うだけなんだ」という意識を持つことが大切です。役割分担の違いを超えて協力関係を築き上げていくことが望ましいと思います。
 職場の対人関係においては、どんな嫌な上司や部下がいても、ひとつのプロジェクトを遂行するために一時的に結び付いているチームだと割り切るしかない側面もあります。
 でも、ビジネスライクに人間関係を割り切ってしまうのではなく、「この人とだったら一緒に仕事をしたいな」と思えるような友だちに近い関係になれれば、仕事への「やりがい」が高まり、打ち込み方も違ってくるはずです。

BP:まずは上司が「この若い人たちと一緒に仕事をしたい」と思えるようになることが大事だと言えそうですね。

岸見氏:
もうひとつ、上司が部下と接するうえで注意したいのは、知識や経験、責任の重さといった力量の違いをことさら強調しようとしないことです。
 世の中には他人に強制できないことが2つあります。それは「尊敬」と「愛」です。「わたしを愛しなさい」「わたしを尊敬しなさい」と強要されても無理な話です。
 ですから、実際に尊敬されるかどうかはわりませんが、尊敬されるためには、上司は仕事の面で有能でないといけないという基本的な条件をクリアしなければいけません。でも実際には、「自分は仕事の面であまり有能ではない」と思っている上司もいるのではないでしょうか。
 そのような上司は、自分に能力がないことを部下に悟られないように、理不尽に叱りつけます。本当に有能な上司は、自分が有能であることを誇ることはありませんし、叱りつけたりすることもないはずです。
 「自分は有能な上司ではない」という自覚があるのなら、研鑽を積むしかありません。また、仕事によっては上司よりも部下のほうが優秀なことはいくらでもあります。そういうときは、謙虚に教えてもらうことも「横の関係」づくりのためには大切です。たとえば上司よりも部下のほうがPCの使い方に習熟していれば、操作方法を教えてもらってもいいわけです。

相手が上司でも「間違っている」と言える勇気を持つ
BP:理不尽に叱りつけるような上司に対して、部下はどのように接したほうがいいのでしょうか?

岸見氏:
職場で大事なことは、「誰が言っているか?」ではなく、「何が語られているか?」です。上司であれ、同僚であれ、部下であれ、言っていることが間違っていたとすれば、「それは間違っている」と言える勇気を持たなければいけないと思います。
 自分のことにしか関心がない人は、上司からよく思われないことを恐れて言うべきことを言わない。でも、職場全体の利益を考えられる人なら、たとえ上司が言っていることでも「それは違うんじゃないですか?」と言える勇気を持っているはずです。上司がどういう人であるのかということはまったく関係ありません。

BP:まさに、「『嫌われる勇気』をいかに持つか?」ということですね。

岸見氏:
もうひとつ付け加えて言うと、対人関係の構えが上下でないと気が済まない上司がいたとしても、部下は普通に接するしかありません。そういう上司の多くは「自分はあまり仕事で有能ではない」と思っているので、ことさら「自分は偉い」と背伸びをして見せないと気が済まないのです。
 でも、部下が普通に接してくれれば、その部下の前ではずいぶん気が楽になると思います。「この部下の前では、背伸びをして、ありのままの自分よりも大きく見せようとする努力を、しなくていいんだな」とわかったときに、少なくともその部下の前で上司が取る態度は、ほかの部下の前で取る態度とは変わってきます。そしてやがて、あらゆる部下の前で普通の態度が取れるようになるでしょう。
 もちろん、実際に態度が変わるかどうかというのは上司自身の問題で、それを狙ってやるべきことではありませんが、上司の対応にかかわらず普通に接することができる部下が増えたら、上司の部下への構えは変わる可能性があります。

BP:アドラー心理学では、対人関係において、相手を「叱る」ことだけでなく、「ほめる」ことも避けるべきだとしています。これはなぜでしょうか?

岸見氏:
仮に部下が仕事で失敗したとしても、叱る必要はありません。もちろん、失敗に対する責任は取るべきですが、それさえしっかり取っていれば、叱る必要はありません。
 責任の取り方には3つあります。
 1つは可能な限りの原状回復。親子関係で言うと、子どもが何か失敗したときに、子どもを叱る親は、本人には何もさせないで親が始末することが多い。しかし、それをやってしまうと、子どもに無責任を教えることになってしまいます。
 そうではなく、「こういうときはどうしたらいいと思う?」と聞いて、子どもが自分なりに考えた解決策を口にしたら、そのとおりに自分でしてもらう。これが可能な限りの原状回復です。
 第2に、もしも失敗によって誰かが感情的に傷ついたとしたら、本人から謝ってもらう必要があります。そして3つ目は、今後同じ失敗を二度としないためには、どうしたらいいかを考えさせること。この3点がきちんとできれば、そもそも叱る必要はありません。
 失敗したことのない人間なんていませんし、成功しても学ぶことは限られていますが、失敗したときには多くのことを学べます。失敗は成長のチャンスです。
 叱りつけては何も学ばないし、叱られた部下は上司のことをよく思わないので、二度と上司の言うことを聞かないような反抗的な部下になるかもしれません。消極的な部下であれば、上司に叱られないためだけに仕事をするようになるでしょう。意欲的に仕事に取り組むような部下は育たなくなってしまいます。

感謝の言葉が勇気をもたらすことも感謝の言葉が勇気をもたらすことも
BP:「ほめる」ことには、どのような問題があるのでしょうか?

岸見氏:
病院で看護師さんが小さな子どもに注射を打つときに、じっと我慢をする子には「偉かったね」とほめることがありますよね。仮に大人が同じことを言われたら、ばかにされたような気持ちになるのではないでしょうか。
 大人に対してはそういう言い方をしないのに、なぜ子どもには言うのかというと、「子どもは我慢できない」と思っているからです。
 職場の対人関係に当てはめると、上司が部下を「無能な人間だ」と思っているから、思いがけずできたことを「偉い」とほめてしまうわけです。
 これはたんなる言葉尻の問題ではなく、対人関係の構えがあくまでも「上下関係」であって、「横の関係」にはないことを示しています。

BP:では、ほめる代わりに、どのような言葉を掛ければいいのでしょうか?

岸見氏:
先ほどの病院の例で言えば、じっと我慢してくれた子どものおかげで無事注射できたことに対する感謝の気持ちを込めて「ありがとう」と言うのが望ましいでしょうね。なぜそう言うのかというと、我慢した子どもに貢献感を持ってほしいからです。
 「貢献感」はアドラーが掲げたキーワードのひとつですが、なぜそれを持ってほしいかというと、貢献感を持てたときだけに、人は「自分には価値がある」と思えるからです。そして、自分に価値があると思えたら、課題に取り組む勇気を持てるようになります。
 たとえ仕事の知識や経験が少ない部下でも、出社してくれたら助かるのではないでしょうか。ですから、上司は部下が休まずに来てくれたことに対しても「ありがとう」と言えるはずです。もちろん、ただ出社すればいいわけではありませんが、少なくとも出発点として「自分はこの組織に所属することで役に立てているんだ」と思えたときに、自分には価値があると実感し、対人関係にも勇気を持って立ち向かえるようになるわけです。
 部下の貢献に注目し、「ありがとう」とか「助かった」という言葉をかけることが大切です。責めたり、ほめたりしても、部下が勇気を得るきっかけを与えることはできません。

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哲学者
岸見一郎氏
Ichiro Kishimi

◎ P r o f i l e
1956年、京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。世界各国でベストセラーとなり、アドラー心理学の新しい古典となった前作『嫌われる勇気』執筆後は、アドラーが生前そうであったように、世界をより善いところとするため、国内外で多くの青年≠ノ対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。
訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』など多数。






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