AIやIoTなど新たなテクノロジーの進化とともに、これからのビジネスはどう変わっていくのか? BP創刊100号を記念して、作家・経済ジャーナリストの渋谷和宏氏、NTTドコモの「iモード」を立ち上げた慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏、世界初のロボットホテルとして話題の「変なホテル」にかかわったハウステンボス取締役兼CTO(チーフ・テクノロジカル・オフィサー)の富田直美氏にお話をうかがった。
BP:渋谷さんは、いま日本経済が100年に一度の転換期を迎えていると見ているそうですね。その理由と、具体的に何がどう変わっていくのかについて教えていただけますか?
渋谷和宏氏(以下、渋谷氏):ここ数年の日本の消費動向を見ると、2012から13年ごろにひとつの転換点があって、それまでの常識では計れないような動きがいくつか出ています。
例えばあるゲームメーカーは、運営するゲームセンターの従業員に対してサービス介助士の資格を取ることを薦めています。なぜかというと、いまのゲームセンターは65歳以上の高齢のお客さんがとても多いんですね。お金と時間のある高齢者をターゲットとして、その満足感や安心感を高めるサービスを提供しようということです。
また、日本オートキャンプ協会の統計によると、国内のオートキャンプ人口は1996年に約1,580万人でピークを打っています。当時は40〜50代の比較的お金のある人たちが多かったのですが、それが2000年代に入って急速に減ってしまったのです。
ところが2013年以降にV字回復し、5年連続で伸びて、現在は840万人ぐらいまで戻っています。なかでも人気があるのは、グラマラスとキャンプを掛け合わせた「グランピング」という豪華なオートキャンプで、現場に行ってみるとわかるのですが、けん引役はシニアなんです。
シニアに連れられて団塊ジュニアの人々もオートキャンプに行くようになり、さらに団塊ジュニアが若い人を連れてくるようになっています。3世代が盛り上がっているわけです。
日本式の伝統的な喫茶店がよみがえったのも2013年ごろです。
1981年には全国で約15万5,000店あった喫茶店が2011年には約7万店まで減ったのですが、現在、コメダ珈琲店などの喫茶店チェーンが郊外のロードサイドなどにどんどん店を出しています。コメダ珈琲店は2012年に400数十店舗だったのが、現在は800店舗弱。2020年には1,000店舗にすると言っています。なぜ郊外に出店するのかというと、主要顧客であるシニアのお宅やコミュニティが郊外にあるからです。
ほかにもオートバイやアナログレコードが突然売れ出したとか、ラジカセの販売が最近2割ぐらい伸びているとか、さまざまな現象が起こっています。
では2012から13年ごろに何があったのかと言うと、団塊世代のピークの人たちが65歳になった時期なんです。
団塊世代の人たちは、企業年金も含めてお金はそれなりにあるし、時間もできたということで、一部の人々が喫茶店に戻ってきた。その現象をつかんだ喫茶店チェーンの経営者が、「この人たちのリピート率を上げていこう」ということで昔懐かしいナポリタンをメニューに出したりとさまざまな手立てをして、そこから個人消費の新たな芽が芽吹きつつあるのです。
そのときにITやIoTにどんな可能性があるかと言うと、身近な例ではIoTを使った見守りサービスなど、シニアの人々の安全・安心や健康を管理するさまざまなサービスが考えられていくと思いますし、シニアの人たちが核となって若い人たちを巻き込んでいく新たな消費の芽にITやIoTでどう応えていくかということが、この先のビジネスのヒントになるのではないかと思います。
夏野剛氏(以下、夏野氏):日本では1996年にヤフージャパン、97年に楽天がそれぞれ営業を開始し、米国では1997年にグーグルが創業しています。じつはこのころから「IT革命」と呼ばれるものが始まっているんですね。
「IT革命」によって世界は激変しました。けれども、先進国や途上国も含めて世界で唯一激変しなかった国がある。残念なことに、それは日本です。
例えば1996年と2017年を比べると、ドイツはこの20年間で人口が1.5%しか伸びていないのに、GDP(国内総生産)は45%も成長しています。米国は同じ期間に人口が20%増えて、経済は139%も伸びているんですよ。
ところが、同じ期間に日本は0.8%しか成長していません。なおかつ人口は2017年のほうが0.9%多いので、実質的にはマイナス成長なのです。
20年前と言えば、携帯電話の普及台数がまだ2,000万台程度で、パソコンもまだ1人1台までは普及していない時代でした。ネットショッピングはようやく始まったばかりですし、グーグルが創業する前なので、今日のように洗練された検索エンジンもありません。
そんな何もなかった時代から、生産性がまったく変わらない20年間を日本は過ごしてしまったわけです。
ここにも渋谷さんが言った団塊世代が大きくかかわっていて、彼らは昭和の時代に会社に入っているので、わりと資産形成ができているんですよ。年金では“逃げ切り世代”と言われていますし、多くの人は勤め先の持ち株会にも入っていましたからね。
渋谷氏:おっしゃるとおり、日本の個人金融資産は2018年3月末で約1,829兆円といわれていますが、その約7割は60歳以上が持っていますね。
夏野氏:団塊世代は、お金は持っているけれど、ITには極めて弱い世代なんです。彼らが若いころにはまたITがなかった。なので「IT革命」に最後の抵抗をした世代なんです。
団塊世代は引退しましたが、続く現在の55〜65歳の層というのも、若いころに「エクセル」とか「パワーポイント」といったツールがなく、自分で「IT革命」をやったことのない世代です。そして、この層がこれから引退していくわけです。
高い年齢層が「IT革命」に抵抗を感じたのは日本も米国も変わりません。また、米国の企業と日本の企業は使っているテクノロジーもそう大きく変わらないのに、なぜ日本の生産効率が上がらなかったのかと言えば、人間の側のシステムをまったく変えなかったからだと思います。
例えば役職階級というのは、ITがあれば3段階から4段階で済むはずですが、日本ではいまだに28段階、幹部層だけでも7段階ぐらいあるんですね。そんなにいらないんです。
けれども、頑なに昭和の時代からの役職階級や年功序列、新卒一括採用などの古いシステムをいまだ引きずっている。新卒一括採用は、若いころに労働力を囲い込んで専門家に育てるという仕組みだったのですが、専門家が組織の中でしか育てられない時代は「IT革命」によって終わったんです。
いまや、自分の組織の外に自分の組織のことを知っている人が山ほどいるわけですよ。そういう人たちをピックアップして、自分たちの力にするということをしていない。
昭和の時代の仕組みを引きずってしまったのは、リーダー層がITというものを技術としては理解しても、その効用をあまり理解しなかったからでしょうね。あるいは、テクノロジーを応用して社会のシステムを変えていく「ソーシャル・アダプテーション」(社会への適応)を怠ってきたのが日本のこの20年なのではないかと思います。
これからの20年で日本が海外に一気に追い付くためには、社会そのものを変えなければいけない。
そのために取り組むべきポイントのひとつはAIですね。現代の自然科学や社会科学領域では、AIによっていままでにないほどのデータを処理できるようになっているので、新しい発見が次々と起こっています。
マーケティングやマネジメントの世界でも、例えばアドテックと呼ばれるインターネット広告の世界なんて、昔の広告の概念とはまったく違うものが、誰でも簡単に、しかも広告代理店を介さずにできるようになっている。医療のゲノム解析なども、ものすごいスピードになっていますし。
いま産業分野でAIやビッグデータがものすごく活用されているわけですが、これが目に見えるようになってくるのがこれからの20年だと思います。
今後リーダー層が交代し、よりITリテラシーの高い世代に移っていくことによって、ソーシャル・アダプテーションは一気に進むことでしょう。
また、いままでは人口が維持できていたので、昭和の秩序も何とか保つことができましたが、人口減少によってそれができなくなれば、さまざまな問題が一気に噴出するはずです。
過去20年間で0.8%しか成長できなかったわけですが、普通の国、例えばフランスなみにやれば60%は成長できたはずなんです。そういうものを起こせるチャンスがこれからの数年で一気に出てくる。それをやるかやらないかで、今後50年の日本の進路がすべて決まってしまう。ものすごく大事な局面に来ていると思います。
BP:夏野さんのカテゴライズによると、富田さんは「IT革命」への抵抗世代になってしまいますが、むしろ「変なホテル」のように革新的なアイデアをどんどん生み出されていますね。
富田直美氏(以下、富田氏):いま渋谷さんと夏野さんが話したことはとても面白くて、僕は1948年生まれの団塊世代のピークなんですよ。
にもかかわらず、お2人が言った団塊世代の人々とは真逆で、おそらく「パワーポイント」を使って世界で初めて米国でプレゼンをしたのは僕ですし、ドローンを300機飛ばしたこともある。
お2人のような考え方はよくわかります。ただ、それはあくまで統計から出てくる話であって、一面的な真実にすぎないのです。
世の中が「正しい」と思っていることが本当に正しいのかどうか。人間はそれを、他人の意見のコピペ(コピー&ペースト)するのではなく、自分の頭でしっかり考えないといけない。
例えば米国の経済はこの20年間で139%成長したということですが、成長するのが本当にいいことなのか。根本の部分をよく考えなければいけないというのが僕の考え方なんですよ。
テクノロジーの進歩で仕事はラクになったけれど、じゃあ人間は幸せになれたのか。その分、人間の能力や感性は落ちてしまったのではないか。
僕はすべてのことを「人を幸せにしたのか」という切り口だけで考えるようにしています。もちろん、幸せの定義は人それぞれですが、本気になって考えてみることが大切だと思う。
「変なホテル」の話をちょっとだけすると、「変なホテル」という名前は僕が付けたものではないんです。
このホテルを運営するハウステンボスの澤田秀雄社長から最初に聞かされたときは、正直「あまりいい名前じゃないな」と思った。
けれども澤田さんから「『変な』というのは、『変わり続ける』という意味なんです」と聞かされて、素晴らしいネーミングだと思い直しました。なぜなら、「変わり続ける」ということは、すなわちアジャイル※を意味するからです。
実際のところ、機械の提供するサービスが、人間の提供するサービスに太刀打ちできるわけがありません。だから、お客さんは珍しがって泊まりに来てくださるけれど、いざサービスを受けるといろいろと不満が出てくる。
そうした不満をホテルのマネージャーが受け止め、業者に装置やシステムにどんどん改良させながらサービスを改善していく。次から次へと出てくる課題をひとつひとつ解決しながら変わり続けていくという意味では、まさにアジャイル型のプロジェクトです。
もうひとつ、僕が「変なホテル」の存在意義として感じるのは、機械のサービスを受けることによって、改めて人間が提供してくれるサービスの素晴らしさを実感させてくれることです。
改良をどんなに繰り返したって、結局、機械は人間そのものにはなれない。どこかサービスがギクシャクする。だから「変なホテル」なんです。
先ほど渋谷さんからコメダ珈琲店の話がありましたが、コンビニに行けば100円でおいしいコーヒーが飲めるのに、わざわざ500円、600円払って昔ながらの喫茶店に行きたがるというのは、やはり、人間だからこそ提供できるサービスを人々が求めているからではないでしょうか。
渋谷氏:喫茶店の話をすると、1990年代後半に日本に進出した世界的なコーヒーショップチェーンの顧客満足度がここ数年、やや下がっているという調査結果があります。対照的に満足度が上がっているのは、コメダ珈琲店のように伝統的なサービスを提供する喫茶店なんです。
喫茶店業界の方々は、「わたしたちはフルサービス型の喫茶店」だと言っているわけですね。席に座るだけで注文ができて、コーヒーを運んでもらい、帰るときには片付けてくれる。
一方で、米国のコーヒーショップチェーンはセルフサービスが主流です。日本に進出したころは目新しさもあって若い人を中心に受けたのでしょうが、2013〜14年ごろから潮目が変わってきた。日本のフルサービス型の喫茶店のほうがいいよねという感じになってきているようです。
富田氏:これから問われるのは、機械による「究極の合理性」と、人間による「究極の人間らしさ」を両極とするサービスの幅の中で、自分が求めるサービスを自由に選択できる環境を整えることでしょうね。つまり多様性です。
そのときに求めるべきは、日本における多様性なのか、それとも世界における多様性なのか。僕がいちばん心配しているのは、日本人は真似をするのが得意なので、欧米の価値観を何も考えずにただコピペしてしまうのではないかということ。「人間として何が幸せなのか?」という根本的な問いが抜け落ちてしまうのです。
これからAIやIoTなどの新たな動きが出てきたときに、日本人はITリテラシーの問題以前に、基本的なことを考える力があるのかということにすごく不安を感じるわけです。
繰り返し言いますが、テクノロジーが進歩して世の中が便利になったからといって、人間が幸せになれるとは限りません。そこのところをきちんと考える必要がある。そして、多様な幸福のあり方に対応して、多様なサービスを選べる社会をつくることが大切です。
話は変わりますが、大塚商会というのは面白い会社で、ITを扱っているのに、お客さまに密着したとても人間らしい営業をする会社ですよね。
それはコメダ珈琲店がやっていることと同じなんです。ITやIoTを提案する会社は、「これは本当に人の役に立つのか、立たないのか?」ということをお客さま正直に言える会社でなければならない。それを実践しているのが大塚商会だと思います。
夏野氏:富田さんのおっしゃるとおりだと思います。
IT系の営業においても、相手の心に訴えるのは対人のアプローチなんですね。営業におけるデジタルとアナログの融合というのは必須ですが、大塚商会さん以外のベンダーにはアナログ営業の大切さを社員にしっかりと教えていないところが多いように感じます。
それと、富田さんがおっしゃったサービスの多様性の話ですが、幸い日本でも、少しずつ対応が始まりつつあるように思います。なぜかというと、外国人観光客がたくさん来るようになって、さまざまなビジネスチャンスが芽生えてきたからです。
例えば東京の飲食店は、ものすごく値段が高いけれど中国人観光客にフォーカスした店から、安いけれど新鮮なものを出して日本人を相手にする店まで、かなり幅が出てきています。
BP:インバウンドの活発化が日本に新たな変化をもたらしているわけですね。
夏野氏:一方で、内向きといわれる日本の若者たちに、もっと海外に目を向けてもらおうという取り組みも始まっています。いま文部科学省が「トビタテ!留学JAPAN」という数万人規模の高校生、大学生を海外に送り出すプロジェクトを行っています。もともと教育ベンチャーをやっていた人が文科省に短期契約職員として動いているのですが、国の予算は使わず、民間企業からお金を集めてやっているんです。
こうした動きを見ると、日本でも少しずつ変化が起こっていることは間違いありません。ただし、海外に比べれば周回遅れなので、これからどんどん加速させなければならないでしょうね。
渋谷氏:わたしもいろいろな取材をしていると、若い人たちを中心に「面白い人が出てきているな」と実感します。
大企業を中心とする既存の枠にとらわれない個人間のネットワークというものが厳然としてある。そこで新しい価値なりを提供していって、「幸せとは何なのか?」ということについて議論を深めるなり、アクションを起こしていくということは、現実にできるようになりつつあります。お金の面でも、そうしたアクションを支援するクラウドファンディングなどの仕組みが注目されています。ですから、わたしは必ずしも日本人に絶望はしていません。
団塊世代の話をしましたが、じつは超高齢化も日本の将来の希望に結び付くのではないかと思います。コメダ珈琲店が活況なのはその象徴と言えるのではないでしょうか。
夏野氏:最近のシニアによる登山ブームもそうですね。うちの母親はいま75歳ですが、世界中で登山をしまくっていますよ。でも課題はシステム化していないことなんです。例えば日本の登山届はいまも手書きです。デジタル化すればもっと便利になって、事故や遭難の解消にも役立つはずなのですが。
渋谷氏:でも、課題が見えてくれば、それをクリアする新しいソリューションを生み出して、世界中に発信することができるわけです。それくらい日本は課題先進国なんです。
BP:最後に皆さんからひと言ずつ、読者にメッセージをお願いします。
夏野氏:経営者の方々には、気付いていてやっていないことがたくさんあると思います。それをやらなくても何とか済んできたのは2018年までです。
今後、急激に人口が減り、マーケットが縮小していくと、現状維持ではじり貧になってしまいます。
積み上げている課題のToDoリストを作成し、ポジティブな思いで管理していただきたいですね。大塚商会さんは、きっとそれを力強くサポートしてくれるはずです。
渋谷氏:日本では今後2、3年、ものすごく課題が噴出するはずです。それにきちんと向き合わないと、とんでもないことになる気がします。
しかもいま急速に寿命が延びていて、2007年以降に生まれた人の半数は100歳を超える時代がやってきます。そうした変化のひとつひとつは、じつは大きなビジネスチャンスなのです。
読者の皆さんは、お客さまと一緒になってソリューションを考えていくお仕事をされているのですから、やりがいはあるでしょうし、すべての課題はチャンスになるんだと前向きにとらえて取り組んでほしいですね。
富田氏:あらゆる課題の答えは、「人の幸せって何ですか」という原点に立ち返った瞬間に出てくると思います。
僕は講演でよく「あなたたちは自分たちの幸せでさえコピペして生きている。自分で考えることが大切だ」と言っています。それは65歳であろうが30歳であろうが同じです。
テクノロジーがあれば何でもできそうだという雰囲気になってきています。
ITリテラシー以前に、「その技術を自分のためにどう使えるか」ということを自分の頭で考えることが大切なのです。そもそも日本人はそういう考え方ができる民族でした。
ところが、米国の合理主義に影響されたせいで、知らない間にそういう長所を失ってしまったのです。
そういう意味で言うと、大塚商会が果たすべき役割は最先端テクノロジーを使うことの良し悪しをお客さんにきちんと説明することだと思います。そういうガイド役になってほしいですね。
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