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にっぽんの元気人
2010年9月時点の情報を掲載しています。

ホスピタリティは差別化の大きな力「クレド」でお客様の信頼を勝ち取る
モノが売れない時代。あらゆる産業でし烈な価格競争が繰り広げられている。ホテルブランドとして世界の上流階級から評価の高いザ・リッツ・カールトンでは、ほかのホテルでは味わえない感動体験をウリにファンを増やし、価格競争に陥らないサービス戦略を確立した。機能や効率が重視されるIT業界で軽視されがちな「顧客満足」とは何か。顧客を心から感動させるサービス、それを実践するための企業風土づくりについて、ザ・リッツ・カールトン大阪の元営業統括支配人でCS経営アドバイザーの林田正光氏に伺った。


心からのおもてなしでリピーターを増やす
BP:林田さんは、お客様に感動を与えることがビジネスを成功に導く秘訣であると考え、その実践方法として「クレド」に基づくホスピタリティ経営を提唱しておられますが、そもそもクレドとは、どういうものなのでしょうか。
林田正光氏(以下、林田氏):わたしがクレドの存在を初めて知ったのは1996年。世界的な高級ホテルチェーンとして知られるザ・リッツ・カールトンが日本で初めて開業したザ・リッツ・カールトン大阪に転職したときです。当時50歳でした。
 クレドは、ラテン語で「信条」という意味です。日本企業にも経営理念やビジョン、経営方針といったものがありますが、単なるお飾りとなっていることが多いものです。日々の仕事に生かされなければ何の意味もありません。
 ザ・リッツ・カールトンでは、マネージャーから一般スタッフ、アルバイト、パートにいたるまで、働く人のすべてがクレドの書かれたカードをつねに携帯し、そこに示された考え方、価値観を共有して、日々お客さまに接するうえでの行動規範としています。

BP:ザ・リッツ・カールトンのクレドとは、どのようなものでしょうか。
林田氏:
特別なことが書かれているわけではありません。
 「ザ・リッツ・カールトン・ホテルはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています」
 これだけです。ホテルや飲食などのサービス業では、事細かなマニュアルに沿ってサービスを提供することが一般的ですが、ザ・リッツ・カールトンのクレドには具体的なことは書かれていません。通り一遍のサービスでは、決してお客様に感動を与えることなどできないからです。
 「心のこもったおもてなし」とは何なのか、「快適さ」とはどういうことなのか、ということをスタッフ1人ひとりが日々真剣に考え、個々のお客様のお好みや状況に応じて、もっともふさわしいサービスを提供する取り組みが大切なのです。
 ザ・リッツ・カールトンのスタッフたちは毎日、クレドに基づいた接客の成功例や失敗例を学ぶ勉強会を行っています。どのようなサービスを提供すればお客様に感動していただけるのか、勉強を重ねながら、気持ちをひとつのものにしていく。これが組織にとって大事なことです。価値観を共有しないと、組織はバラバラになっていきますからね。そうした地道な取り組みが大切なのだということを、ザ・リッツ・カールトンで働いた7年間で学びました。

BP:お客様に感動を与えることが、企業のブランド価値の向上に結び付いているのでしょうか。
林田氏:
そのとおりです。これはホテルに限らず、IT企業も含め、あらゆる企業に共通することではないでしょうか。
 現代は商品力やサービス力だけでは差別化が図りにくい時代です。お客様は、「どうせ同じモノ買うんだったら、愛想の悪い営業マンや気配りのない会社よりも、われわれのことを親身になって考えてくれて、対応も丁寧な会社から買いたい」と思うはず。CS(顧客満足)を高めることが、ブランド価値の向上に結び付くわけです。
 商売というのはリピーターをつくることがいちばん大切。おもてなしの精神がなかったら、お客さまをフォローすることもなく、1回こっきりのお付き合いで終わってしまいます。つまるところ、CSは販売戦略なんですよ。
 わたしは「ホスピタリティ経営」を提唱していますが、このホスピタリティという言葉こそが、ザ・リッツ・カールトンのクレドにも書かれている「心からのおもてなし」の意味なのです。


CSを成功させるにはESの充実が欠かせない
BP:林田さんは、感動を与えるおもてなしの心得として、お客様への「心配り」の大切さを訴えておられますね。
林田氏:
「このお客さまは、何をすれば喜んでくださるだろうか」とつねに考えること。それが「心配り」です。
 よく「心配り」と「気配り」は同じものだと思っておられる人がいますが、まったく違います。心配りには、家族に対するような愛が必要なんですね。
 たとえばお客様が「歯が痛い」と言ったときに、「大変ですね。早く歯医者さんに行ったほうがいいですよ」と言う。これは気配りです。だけど、もしもこれが自分の息子や娘だったら、「すぐ一緒に病院に行こう」と積極的な行動を伴いますよね。愛があるからです。
 「心配り」とは、お客様に対しても家族を慈しむように接することです。
 心配りは「心配(しんぱい)」と書きますよね。愛があるから心配するわけです。気配りだけでは社交辞令的な対応で終わってしまいます。お客様に感動を与えることなんてできません。

BP:「心配り」のあるサービスを実践するために大切なことは何でしょうか。
林田氏:
スタッフ1人ひとり、そして会社全体に「お客様を大切に思う心」を育てること。そのために不可欠なのは、CS(顧客満足)だけでなく、ES(従業員満足)も向上させることです。
 従業員が心から誇りと夢と希望を持って働けるような職場環境をつくらなければなりません。夢も希望もないような職場だったら、人材はどんどん辞めていってしまうでしょうし、残ったとしても、「お客様に喜んでいただきたい」という前向きな気持ちでサービスに取り組むことはできないでしょう。
 ザ・リッツ・カールトンには、「We are Ladies and Gentlemen, Serving Ladies and Gentlemen」というモットーがあります。「紳士淑女(のお客様)をもてなすわたしたちも紳士淑女です」という意味です。マネージャーは、従業員もお客様と同じ紳士淑女として大切にもてなし、現場の意見や要望に熱心に耳を傾けて、業務や労働環境の改善を図っています。そうしたESの取り組みがあってこそ、CSの向上に結び付くのではないでしょうか。

BP:IT業界における「心配り」の実践についてアドバイスをお願いします。
林田氏:
すべての人がそうだとは思いませんが、IT業界の中には、技術に走りがちで、何事も合理的に考えがちな人もいらっしゃるようです。その結果、人に対する「心配り」がおろそかになることもあるかもしれません。
 これは何もIT業界に限った話ではありません。人も会社も、ともすれば自分たちの都合だけで動いてしまうのが現実です。そうではなくて相手の都合に合わせ、相手の心情を理解しながら行動すること、「思いやり」の心を持つことが大切ですね。


クレド精神を根付かせ永続させることが大切
BP:林田さんは、さまざまな企業のクレドづくりにかかわっておられますが、実際のクレドのつくり方について教えていただけますか。
林田氏:
まず大切なのは、経営者が「はい、これをやりなさい」と押し付けるのではなく、社員が主体となってクレドづくりを行うことです。プロジェクトチームを編成し、社員みんなの意見を聞きながらつくり上げていくプロセスが望ましいでしょう。
 わたしがクレドづくりをお手伝いしている会社の場合、会社規模にもよりますが、メンバーは15〜40名。30〜40代のスタッフを中心に集めることが多いですね。必ず3割以上は女性のメンバーを入れるようにしています。心配りのために必要な気づきやセンスは男性よりも女性のほうが数倍持っていますからね。女性の感性を積極的に取り入れないと、理想的なクレドはできあがりません。
 毎月1回、約7〜8カ月かけて議論をしながら方向性を見極め、中間で役員の方々を集めて報告会を開いたりしながら、文章にまとめ上げていきます。
 できあがったクレドは1枚ずつのカードに印刷し、社員全員がつねに携帯できるようにします。
 8割の人がクレド精神を持ってくれたら、それは企業風土、企業文化として根付きます。そこまで定着すれば、マネージャーが変わってもクレド精神は生き続けますし、新人が入ってきても、自然にクレド精神に沿ったサービスを実践できるようになります。

BP:最後に林田さんの今後の予定や目標についてお聞かせください。
林田氏:
わたしの本をお読みいただき、クレド精神の大切さをお感じになられた多くの企業から、クレドづくりやES・CS向上のためのコンサルティングの依頼をたくさんいただいています。
 ホテルマンとして45年働いてきたなかで、ホスピタリティの精神を発揮してお客様と接すれば、その会社は必ず成功できると確信しました。そのことを研修や講演、本の執筆を通じて多くの人に伝え、「おもてなし文化」を世の中に広げていきたいと思っています。
 わたしは外資系ホテルでホスピタリティの大切さや実践方法を学びましたが、「おもてなしの心」は本来、日本の文化にも古くからあるものなのです。
 今後は企業だけでなく、個人のクレドづくりもお手伝いしていきたいと考えています。「こういう生き方をして、世の中に喜ばれる人間になりたい」という自分の哲学をまとめ、「自分ブランド」をつくり上げ、個人個人が輝く人になってほしい。輝く人は、放っておいてもどんどん出世しますよ。30歳、40歳と人生の節目ごとに見直して、また新しいクレドをつくっていく。そうして人生を少しずつ、いいものにしていっていただきたいですね。

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林田 正光 氏
M a s a m i t s u H a y a s h i d a

◎ P r o f i l e
1945年熊本県出身。ザ・リッツ・カールトン大阪営業統括支配人として、同ホテルの“感動サービス”の基礎を築いたCSの達人。京都全日空ホテル、彦根キャッスルホテルの社長を歴任。その豊富な経験を伝えるため、株式会社HAYASHIDA-CS総研を設立。代表取締役として年間250件以上の講演活動並びにCS経営アドバイザーとして多数の企業を指導している。



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林田氏が手掛けてきた数々のクレド。クレド制作は、いわゆるサービス業だけでなく、IT企業やプロ野球球団などからも依頼がある

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【にっぽんの元気人】

・株式会社サイゼリア 代表取締役会長 正垣 泰彦 氏 【Vol.51】

・株式会社ペリエ 和田 裕美 氏 【Vol.50】

・経済評論家 勝間 和代氏 【Vol.49】

・株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長 小室 淑恵氏 【Vol.47】



 
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