マイクロソフト日本法人の営業部長として活躍し、現在はキャリアおよびコミュニケーション支援に関する事業を行うブラマンテ株式会社の代表取締役を務める田島弓子氏。女性管理職として営業の猛者たちを率いてきた田島氏は、「女性ならではの共感力や観察力がリーダーに求められる力として重視され、それを活かした奉仕型のリーダーシップが注目され始めている」と語る。時代の変化とともに、リーダーシップのあり方も多様化しているようだ。
BP:田島氏は、マイクロソフト日本法人で営業部長としてご活躍された経歴をお持ちです。部長に任命された当時の心境は、いかがでしたか?
田島弓子氏(以下、田島氏):正直、最初は「部長になるなんて、絶対に無理だ!」と思いました。部下になるのは自分よりも社歴や経験が長い人ばかり、年上の人もいました。そういう人たちに対して、自信も経験もない自分が上司として務まるのかと。しかも、マイクロソフトの管理職には、能力が高くて部下を引っ張るリーダータイプの人が多かったのですが、わたしにはそういうマネジメントはできそうもありませんでした。
でも、引っ張ることはできなくても、人の話を聞いてやる気にさせるとか、みんなが納得できる落としどころを見つけてチームを動かすことはできるはずだと考えました。人材研修の講師の方に「あなたは、そのやり方でやればいいんじゃない」と言われ、ずいぶん気持ちが楽になりました。後に、この取り組みが「サーバントリーダーシップ」だったと知りました。
BP:「サーバントリーダーシップ」とは、どのようなものですか?
田島氏:サーバントとは「召使い」「奉仕者」のことで、「サーバントリーダーシップ」には、上からチームを引っ張り上げていく支配型ではなく、底辺からチームを支えていく奉仕型のリーダーシップという意味があります。共感や気配りによって、部下の力を引き出してあげるやり方です。
BP:具体的には、どのようなマネジメントを実践されたのでしょうか。
田島氏:部下は経験が長く、実務能力が高い人ばかりだったので、指導ではなくフォローをすればいいと思いました。皆さん、自分で動ける方たちばかりだったので、基本的にはすべてを任せていました。
ただ、仕事を進めていく中でトラブルやハプニングが起きるものです。そこから先をフォローするのがわたしの仕事だと思っていました。それが基本方針でしたね。
また、どんなに優秀な人でも、気持ちが乗らなければ力を発揮することはできません。営業のノルマは非常にきついですし、上からの要求も厳しかったので。そんな状況下でつねにモチベーションを保つのは難しいと思います。どんよりしている部下がいれば「大丈夫?」と励ましてあげるとか。そのように、部下のモチベーションをマネジメントしていました。それぞれの部下がある程度気持ちが整っている状態で仕事をしてくれれば、自然に成果は上がると思っていたので、そこはすごく心掛けました。
BP:なぜ、いま「サーバントリーダーシップ」のようなマネジメントのあり方が求められているのでしょうか?
田島氏:不安定な時代が長く続いていることも影響しているのではないかと思います。かつてのように景気がよく、雇用と賃金が保証されていた時代であれば、社員も「リーダーに付いていけば人生は安泰」という気持ちになれたのでしょうけれど、いまの若者たちは世の中が信頼できず、「会社は大丈夫なのか?」「いまの仕事をずっと続けていても問題ないのか?」と、つねに漠然とした不安を抱えながら働いています。
そういう世の中であることを考えると、部下の気持ちに寄り添ってあげたりとか、心を整えて、もともと持っている力を発揮できるようにしてあげたりすることが、いまの時代に合っているマネジメントなのではないかと思います。
もちろん、すべての業界や会社に奉仕型のリーダーシップが向いているとは思いませんが、時代の変化とともに、リーダーシップのあり方も多様化しているのではないでしょうか。
BP:「サーバントリーダーシップ」を実践するためのアドバイスをお願いします。
田島氏:管理職の仕事は、人を動かして結果を出すことです。そのためには、部下の立場に立って、考えられる姿勢が大切です。
部下が何に悩んでいるのかとか、部下がトラブルを抱えているとすれば、その原因は何なのかとか、そういったことを観察して、共感をベースにコミュニケーションをとることが基本ですね。
マイクロソフトの営業部長を務めていたときに、チームとして社長賞をいただきました。そのときは、わたし自身が何かやったというわけではなく、1人ひとりの営業に任せて、わたしは「何か困ったことがあったら言って」とか「上に何
かフィードバックしなければいけないことがあれば、すぐにわたしがやるから言って」といったように役割分担をして、部下が現場の営業の業務にできるだけ集中できるように環境を整えたんですね。
任せるということは信頼しているということなので、がんばりたい人であればあるほど、それは力になるものです。
人間って結局、感情の生き物なので、感情の状態と、それに伴った行動のアウトプットは比例すると思います。
したがって、納得がいかないのに仕事をやらされると、結果にも悪影響を及ぼします。単に部下に頑張ってもらいたいらというだけでモチベーションマネジメントをするのではなく、それが実績に直結するからということでやっていましたね。
BP:田島さんは、女性はサーバント型のリーダーに向いているとお考えのようですね。その理由を聞かせてください。
田島氏:一般に、女性は男性よりも共感力が高いということが科学的にも実証されています。
共感力というものは、サーバントマネージメントシップをしていくうえで最大の武器になると思います。
わたし自身も振り返ってみればそうだったのですし、アンケートや市場調査などを見ても、女性の管理職の多くが無意識のうちに、共感力を使っていますね。それらのアンケートでは、自分の部下をサポートしたり、フォローしたりすることでチームとしての結果を出すという答えが、上位に来ることが多いです。
部下の不安やストレスなどを察知して共感しながら、力を発揮させる。これが女性の能力として発揮できているんだと思います。
BP:女性ならではの観察力も、サーバント型のリーダーシップには有効な武器となるようですね。
田島氏:「女の人ってよく見ているよね」とか「何気なく言ったことをよく覚えているよね」とか、そうした女性の観察の鋭さは、共感力という資質がベースになっているのではないかと思います。
例えば、わたしも、まったく意識はしていなかったのですが、自分の直属の部下じゃなくても、周りにいる若い社員たちがどんな仕事をしていて、どんな進捗なのかといったことはだいたい知っています。やはり無意識に観察しているようですね。
だからこそ、女性であれば、相手に受け入れられるコミュニケーションができるのではないかと思います。
ビジネスにおけるコミュニケーションで重要なのは、自分が言いたいことを伝えるのではなく、自分が言ったことによって相手が動いてくれるかどうかです。
自分が言いたいことを相手がちゃんと受け取って、納得して動いてもらえるようにするためには、相手の立場に立つという共感力がないと難しいと思います。これは部下だけでなく、相手が上司やお客さまであっても同じだと思います。
BP:アベノミクスの成長戦略のひとつとして「女性の活躍推進」が取り上げられており、今後、女性の管理職は増えそうですね。
田島氏:性別にかかわらず、優秀な人材は会社の戦力となるようにきっちり育てていくべきだと思います。「女性活躍」の時代だからといって、すべての女性人材を取り立てなければいけないかといえば、そうではありませんよね。それでは逆差別になってしまいます。
ただ、意欲が高く、実績も積んできた女性に対しては、周囲がきちんと認めて、引っ張り上げてあげることが大事です。上司が「あなたはできるんだから、管理職になっても大丈夫」と背中を押せる環境が求められているのではないでしょうか。
女性の場合、抜擢のチャンスが巡ってきても、「ロールモデルがいないからできません」とか、「将来、結婚や子育てもある。仕事と家庭は両立どこまでできるんだろう」といった不安や悩みを抱えていることもあります。
そういうことについても、女性だけの問題ということで片付けないで、時短で働いてもらっても、彼女の優秀な能力を活かすために、会社としてどういう体制を取ればいいのかといったことを、上司は女性と共にぜひ考えていただきたいと思います。
BP:最後に本誌読者にメッセージをお願いします。
田島氏:最新刊『「頑張っているのに報われない」と思ったら読む本』にも書いたのですが、若い人たちに「サラリーマンはかっこいい」と思ってもらいたいですね。
組織で働くというのは、自分で仕事は選べないですし、いろいろと大変なことや理不尽なこともあります。でも、だからこそ面白い部分もあるのです。
仕事には、最初からやりがいがあるわけではなくて、目の前の仕事にどう取り組むかによって、そこからやりがいが生まれます。
大変であればあるほど、どれだけ脳に汗をかいて、修羅場を乗り越えようとするか。それをやり遂げたときの達成感が、仕事の醍醐味です。
わたし自身、IT業界にいたころは、時間も拘束されますし、精神的に結構きついこともありました。だからこそ、その仕事をやることに納得し、自らの意思で必死に取り組んだことが、結果と達成感に結び付いたものです。
ハードな業界であるほど、若い社員たちが目の前の仕事を通じ働くことの面白さを感じられるようなメッセージを伝えてあげると、もっとモチベーションを上げられるんじゃないかなと思います。
それで1人ひとりの社員が「自分がかっこいい」と思えるようになると、日本はもっと元気になれるんじゃないでしょうか。
そもそも仕事で「報われる」という考え方自体が間違っています。
なぜなら、仕事は「自己実現」ではなく、「他己実現」の場だからです。自分の労働力を提供してお客さまの満足度を高めるとか、会社の売り上げに貢献するわけですから。
他己実現の向こうに自己実現があると考えるのならいいのですが、そこをしっかり切り分けないと、「報われない」と感じてモチベーションも下がってしまうかもしれません。
いい仕事をして結果を出したのに、「褒めてもらえない」とか「ねぎらってもらえない」とかではなく、そこに期待はしないで、「いい仕事をした」と思ったのであれば自分を褒めてあげればいいのではないでしょうか。
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