テレビの報道キャスターとしておなじみの宮川俊二さん。近年は早稲田大学非常勤講師や、日本ソムリエ協会認定ワイン・エキスパートなど、報道以外の分野にも活躍の場を広げている。そんな宮川さんに、アナウンサーとしての長年の経験に基づいて、お客さまの心に響きやすいコミュニケーションの秘訣や、会話をするうえでの相手への心配り、今年4月に九州のソリューションフェアで宮川さんが行った講演内容の一部などについて聞きました。
BP:宮川さんは報道キャスターやアナウンサーとしてご活躍の傍ら、大学で教鞭もとっておられるそうですね。
宮川俊二氏(以下、宮川氏):早稲田大学の非常勤講師として、アナウンサーなどマスコミ志望の学生を指導して7年目になります。
すでにたくさんのOB・OGたちが全国の放送局で活躍しています。講演などで地方にいくたびに集まって、ささやかな同窓会を開いてくれるのがうれしいですね。学校と違って、実際の現場では仕事を通じてさまざまな悩みや問題を抱えるものです。わたしもアナウンサーとして同じような悩みを抱えながら育ちました。彼ら、彼女たちと会ったときには、なるべく悩みを聞くようにしています。
どんな仕事でも同じだと思いますが、悩みが大きすぎて転職をしたいと相談してくる教え子もいます。そういうときには、必ず「やり切ってからにしなさい」と諭すようにしています。自分に与えられたテーマについて、しっかりと結論が出せた、やりきれたと感じることができるまでは辞めようと思ってはいけない。会社から何かを任される、テーマを与えられるというのは、得難いチャンスです。だから成し遂げてから次のことを考えなさい、と。それができなければ、何度新しいことをやっても、結局中途半端に終わってしまいます。
放送局や新聞の場合、初任地は地方になることが多いのですが、その地域の問題をどれだけ深く取り上げていけるか。その地域でしか経験できないさまざまなことを経験して、いかに普遍的なものを見つけ出すかということが大事だと思います。
マスコミ以外の業種でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
BP:宮川さんご自身の新人時代はどのような感じだったのでしょうか。
宮川氏:NHKのアナウンサーも最初は地方に行くことが多いのですが、わたしの場合、初任地は山形でした。
いまでも尊敬している研修を担当してくれたアナウンサーの方は、「宮川は馬力があるけれど、生意気だ」と思ったらしく(笑)、きちんと指導できる上司がいる山形へ赴任が決まりました。
当時のNHK山形放送局の上司は、チェックのカバンに細い傘を差して出勤してきた自分を見て、「変なやつが来たな」と思ったようです。1970年代の山形ですから、明らかに場違いな格好だったに違いありません。
その上司に、「宮川くん、きみは山形にランジェリーをつくりに来たのかもしれないけど、ここはパンツをつくるところだからね」と言われました。
パンツとは何かといえば、「農業」だと。要するに、地域のテーマを掘り下げるためには、地域に合わせた視点を持たなければならない、ということを暗に教えてくれたわけですね。
これはいまでも、アナウンサーの基本として深く心に銘じています。
BP:九州開催の実践ソリューションフェアで『報道キャスターの目から見た日本』というテーマで講演をされたそうですね。どのような内容だったのでしょうか。
宮川氏:毎年暮れに、その年の日本を象徴する1文字が発表されますよね。2013年の漢字は「輪」でしたが、本当は偽装の「偽」ではなかったのかと私は思います。
食品偽装問題に始まり、今年に入ってからも楽曲のゴーストライター問題などが世間を騒がせました。
いままで日本人は嘘をつかないとか、誠実とか、いろいろなことを言われてきたけど、実はそうでもないのかもしれない。わたしたちはこれまで性善説でやってきたけど、残念ながら性悪説でいかなければいけないのではないかと考えさせられました。
それは、ビジネスの世界においても言えることだと思います。
いまから5年ほど前に、企業の危機管理について講演を依頼されたことがありました。企業がトラブルを起こしたときのメディアへの対応について、メディアに身を置く者の立場でアドバイスをさ
せていただきました。
結論から言えば、会見の場においてきちんとした謝罪や完ぺきな説明をすることが何よりも重要です。
何事もそうですが、起こったことよりも、その後の対処をしっかりしないと問題が大きくなりますよね。
問題そのものはさほど大きくなかったのに、対処の仕方ひとつで企業イメージが取り返しのつかないダメージを受けてしまった例も少なくありません。
メディア側は問題を起こした企業をどういうふうに取材するかというと、例えば記者の中には、挑発するように質問するタイプの人がいます。
そういう人が記者会見で感情的に問いただしたときに、うっかり感情に流されてしまってはいけない。
テレビにはどの時間帯に視聴率が何パーセント上がったのがわかる毎分視聴率というものがあります。これが上がらないように、あまり面白くなく、しかし完ぺきで、過不足のない会見を心掛けなければいけません。
なぜなら、毎分視聴率が上がった会見の場面は、何度も繰り返し放送されるからです。そして、そこには隠れていた企業の体質が表れたりする。場合によっては、企業イメージが取り返しのつかないほど崩れてしまいます。
そうした悪いイメージを植え付けないためには、経験豊富な法律の専門家などと連携して、すきのない会見をしなければいけません。メディア時代に対応した危機管理が必要です。
テレビだけでなく、インターネットでどう扱われるのかということにも気を配らなければなりません。テレビには毎分視聴率がありますし、ネットにはネットの拡散の仕方があります。メディアの発達とともに、問題はどんどん複雑化していくことでしょう。
いずれにしても、必ず専門家の支援を仰ぐこと。自分たちだけで解決しようとしないことが大切です。
BP:営業においてはモノを売るだけでなく、自分を売ることが大切だと言われます。自分を売るための秘訣は何だと思いますか。
宮川氏:わたしは、これまでのアナウンサーとしての経験から、話すときには鼓膜に響く声ではなく、心に響く声を出すことが大事だと指導しています。
営業の場合、場所に関係なく大きな声を出す人がいますよね。一方で、「この人はコミュニケートする気があるのだ
ろうか」と思うほど声の小さい人もいます。話をするときは、後ろの人にも心地よく、前の人にも邪魔にならないような音量で話すことが大切です。
それから、皆さんが話をするときにあまり意識されないのは、話の長さ、秒数ですね。話をするときに、お客さまが何分話を聞いてくださるかという時間感覚を持たなければいけません。
まず「今日はこれくらい聞いていただけるかな」と時間を組み立てる。次に、それならどのくらいの分量を話せるかということを考えてみましょう。
新人アナウンサーの試験は5,000人ぐらいの学生が応募して、合格するのはたった2〜3人という厳しい世界です。その1次試験が30秒間の自己PRです。わたしは、学生たちが最初の難関を無事クリアできるように、まず30秒というのがどれぐらいの長さなのかという時間感覚を持たせています。アナウンサーが読む文章はおよそ1分間に330文字ですから、30秒なら160文字ぐらいですね。その限られた時間で、「わたしが学生時代に打ち込んだものはこれです。これで御社のために貢献します」といった自己PRを過不足なくできるように訓練しています。詰め込みすぎても、間延びしすぎてもいけませんし、時間がオーバーすれば不合格となるので論外です。
話の時間感覚を磨くのは、アナウンサーだけでなく、ビジネスパーソンにとっても大切なことだと思います。
わたしは日本ソムリエ協会認定のワイン・エキスパートもやっていますけど、レストランでお客さまのワイン選びを助けるソムリエさんたちにとっても、話す時間というのは非常に重要です。
なぜなら、あまり話が長すぎると、その間に料理が冷えてしまいます。ソースが固まったりして、せっかくの料理が台無しになるとシェフに怒られてしまう。どんな仕事でも、話の時間にはちょうどいい長さというものがあります。
IT機器やソリューションを営業する場合でも同じだと思います。
お客さまに製品やソリューションを売り込みに行ったときに、お時間を何分いただけるのか。それがわかれば、その間にどういうことがしゃべれるのか。そういうことをきちんと考えながらコミュニケーションすれば、話がまとまらなくなったり、回り道が多すぎて結論になかなかたどり着かなかったりといったこともなくなるはずです。
話し方の基本は、「結論から先に言う」、「短いフレーズの積み重ねをする」、「時間感覚を持つ」の3つです。つねに着地点を考えて、結論をきちんと考えて準備しておくこと。話の頭とお尻が決まっていれば、途中の話はきゅっと縮めることだってできます。
もう一つ、話をするうえで大切なのは、他人とは違った角度の視点をさりげなく盛り込むことです。
例えばわたしの場合、パーティなどで祝辞を述べなければならないときは、「この人について、僕だけしか言えないことは何かな?」ということをつねに考えます。それはほかの誰も見たことがない、自分だけが知っている彼の姿ですよね。それだけでも、退屈になりがちなスピーチを、興味を思って聞いてもらえるはずです。
営業で他社と同じ製品を売るにしても、みんなはこう言うけれど、わたしはこう使ってみたら、こんなことができました、という新しい角度を見つけてプレゼンテーションができれば、すごくいいのではないかと思います。
BP:最後に本誌の読者にメッセージをお願いします。
宮川氏:わたしは『賢者の選択』(BS12 Twel lVなどで放映)という番組でビジネスリーダーの方々のお話をうかがっているのですが、ビジネスで成功している方というのは、変わらない部分と、変わらなければいけない部分というのを明確に持っていると思います。
ほかの誰にもない自分たちだけの良さがあるとすれば、それは変えてはいけないことだと思います。パートナー様の場合、エンドユーザー様に喜ばれるよりよいサービスなのではないでしょうか。
もちろん、変えなければいけないものもある。それは個々にいろいろあると思いますが、いずれにしても変えてはいけない部分と変わらなければいけない部分を混ぜこぜにしないことがビジネスにおいては大切です。
変えなければいけないことを変えるのは簡単ではありません。でも、それを成し遂げられる会社こそが、混迷の時代もピンチをチャンスに変えて乗り越えられるはずです。
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