「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストやスターバックスコーヒージャパンの経営に携わり、現在は企業のリーダーシップ研修などを行うリーダーシップコンサルティングの代表を務める岩田松雄氏。その著書『ミッション 元スターバックスCEOが教える働く理由』では、会社が存在する理由としてミッションを確立し、実践することの重要性を唱えている。目先の利益よりも、「世の中に貢献する」ための使命をまっとうすることのほうが大切な理由とは?
BP:『ミッション 元スターバックスCEOが教える働く理由』では、会社が存在する理由、個人が働く理由として、それぞれにミッションを確立し、実践することの重要性を説いておられます。まず、岩田さんご自身がミッションの大切さに気付かれた経緯についてお聞かせください。
岩田松雄氏(以下、岩田氏):縁あって「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレスト、スターバックスコーヒージャパンという2つの会社の経営を任されたことが、ミッションの重要性を知る大きなきっかけとなりました。ご存じのように、ザ・ボディショップは自然原料をベースにした化粧品の世界的ブランド、そしてスターバックスはシアトルスタイルのコーヒーを提供する世界的なチェーンです。
どちらも化粧品、コーヒーというモノを販売する小売業ですが、それはあくまで利益を得るための手段であって、会社として存在する目的ではありません。ザ・ボディショップは「社会と環境の変革を追及し、事業を行うこと」、スターバックスは「人々の心を豊かで活力あるものにするために」というミッションを掲げ、その実現を目的として企業活動を行っているのです。
わたしは、ザ・ボディショップの創業者である故アニータ・ロディック氏、スターバックスの会長兼社長兼最高経営責任者であるハワード・シュルツ氏と直接対話する機会に恵まれ、経営にとってもっとも大切なのは、明確なミッションを掲げ、社員ひとりひとりに浸透させ、着実に実践することなのだということを彼らから学びました。
2つの会社が掲げるミッションはそれぞれ独自のものですが、根底にある思いは共通しています。それは、企業活動を通じて「世の中に貢献する」ということです。
ザ・ボディショップは社会変革によって、スターバックスは人々の心を豊かで活力あるものにすることで、世の中をよりよくしていこうという思いのもとに企業を運営しています。
その経営現場で、わたしは企業は世の中を良くするために存在する、という考えに至りました。スターバックスはコーヒーを通じて、ザ・ボディショップは化粧品を通じて世の中を良くしているのです。
残念ながら世の中の経営者の多くは、社会への貢献よりも、会社の利益や株主利益に重きを置いているように見えます。
しかし、自らの利益を追求するばかりでは、お客さまがどんどん離れていってしまいますし、何の大義もなく、ただ営業成績を上げることばかりを要求されたら、社員もついていけません。
「世のため、人のために役立っている」とお客さまや社会から尊敬されること、社員が誇りと自信を持って仕事に取り組めることが大切なのだと思います。
わたしは現在、経営者育成や企業のコンサルティングに携わっており、数多くの企業とお付き合いさせていただいていますが、世の中に貢献するミッションを掲げ、実践している企業ほど、ビジネスでも成功している事例が多いと感じています。
BP:具体例を教えていただけますか。
岩田氏:社員20名ほどの小さなITベンチャー企業ですが、社長がわたしの書いた本を読んでミッションの大切さを痛感し、ミッションを作成して社員に浸透させることに約1年間一緒に取り組んだことがあります。
ミッションを書き記した手帳まで作って社員に配布し、ひとりひとりがその考えに沿って行動するように働き掛けました。
その後効果は着実に表れて、業績も大きく向上しました。
会社が掲げたミッションに意義を感じて社員たちの結束力が高まり、「ミッションを果たすためにはどうすべきか?」と考えながら能動的に行動してくれるようになったので、結果的に営業成績も上がり、社長として暇になったと喜んでいました。
もっとも、すべての社員が会社の掲げたミッションに共感してくれたわけではありません。納得できない社員は辞めていったそうですが、それによってミッションを共有できる社員だけが残り、むしろ組織としての一体感が高まったようです。
人材を採用する際も、高い志を持ったミッションを掲げている会社であれば、それに共感してくれる好ましい人材が獲得しやすくなります。スターバックスなどは、決して給料が高いわけではありませんが、コーヒーを売るだけでなく、それを通じて「人々の心を豊かで活力あるものにする」というミッションに共感して、「ぜひ働きたい」という方が大勢いらっしゃいます。組織をひとつにして、強くするためにも、ミッションは非常に有効だと思います。
BP:一方で、ミッションを掲げて実践することは、企業のブランドを高めることにも結び付くのではないでしょうか。
岩田氏:ご指摘のとおり、ミッションとブランドは表裏一体の関係にあります。ブランドとは、ひと言で言ってしまえば、お客さまの企業や商品に対してのイメージのことですが、ミッションを実践し続けると、おのずとそれが滲み出てお客様に伝わって、企業のブランドになっていくのです。
たとえばコーヒーを飲むだけなら、スターバックス以外にも、スターバックスに似たような店はいくつもあります。にもかかわらず、なぜスターバックスが選ばれるのかと言えば、そこはたんなるコーヒーショップではなく、癒しやくつろぎを与えてくれる空間だからです。ゆったりと座れるソファやホスピタリティあふれるサービスなどは、「人々の心を豊かで活力あるものにする」というミッションを具現化したものにほかなりません。
コーヒーを売って利益を稼ぐことよりも、お客さまのためになることを最優先している姿に、お客さまはスターバックスのミッションを感じそれがブランドになっているのです。
以前、大塚商会さんのご依頼でセミナーの講師を何度か務めたことがありますが、大塚商会さんやそのパートナー企業の皆さんも、お客さまに対してIT関連の製品やサービスを提供するのではなく、それを通じてお客さまの抱える課題や困りごとを解決することに営業活動の目的がある、というお話をうかがって非常に感銘を受けました。
そうした利益よりも先にある目的こそが、まさにミッションであり、ミッションを実践し続けることでブランドが形成されていくのだと思います。
ブランドは、一過性のプロモーションや広告戦略だけで確立されるものでは決してありません。
BP:企業がミッションを確立したいと考えたときに、まずは何から始めればいいのでしょうか。
岩田氏:ミッションと言うと、何やら特別なものに思われるかもしれませんが、わたしはその企業の存在理由だと定義しています。実際には経営理念と同じようなものです。まずは自社の存在理由を見つめ直すことから始めてはどうでしょうか。
どんなに素晴らしい理念を掲げていても、実際の経営に反映されていないのでは意味がありません。
また、理念そのものが経営者の考え方や実情にそぐわないのであれば、作り直してみるのもいいでしょう。
ミッションは、一度決めたら二度と変えてはいけないというものではありません。もちろん、ころころ変えるのは望ましくありませんが、5年、10年という時間が経過して、目的が達成されたときや、新たな目的の必要性を感じたときは、ミッションそのものを変えてみてもいいと思います。
これから起業する人や、起業して間もない人の場合、「何を会社のミッションにすべきか」と迷うかもしれませんが、後から変えてもよいのですから、最初は何でも構いません。事業を進めていく中で、徐々にミッションの内容を進化させていけばいいのです。
ただし、掲げたミッションは必ず明文化して、社員全員が共有できるようにすべきだと思います。
そして、ここがいちばん大切ですが、共有されたミッションは、経営者と社員が一丸となって、必ず本気で実践しなければなりません。これができなければ、ミッションはたんなる“お飾り”で終わってしまいます。
場合によっては、短期的な利益を犠牲にしてでも、中長期的な会社の信頼を守るためにミッションを優先しなければならないこともあるでしょう。ミッションを掲げるということには、それほどの覚悟が必要だと言えます。
BP:岩田さんは、経営者のコーチングをされていますが、ミッションとリーダーシップにはどのようなかかわりがあるのでしょうか。
岩田氏:ミッションは、企業レベルだけのものではありません。各部署やプロジェクトごとにもミッションが存在しますし、あらゆる組織に存在すると言っていいでしょう。リーダーにはそれぞれの組織を束ねる立場として、ミッションを明確に理解し、それを部下にしっかりと伝えていく役割が求められます。
ミッションが定まっていなければ、リーダー自身がそれを確立して、組織としての取り組みに意義付けを行っていく必要があるでしょう。
たんに営業数値目標を与えるだけでなく、営業活動そのものにどんな意義があるのかということを理解し、共感してもらえれば、組織のメンバーは能動的に動いてくれるはずですし、組織としての一体感も高まるはずです。
BP:組織だけでなく、個人にとってもミッションを持つことは大切だというお考えですね。
岩田氏:人が生きるうえでおカネは欠かせないものですが、給料だけのために人は仕事をするわけではありません。
世の中に貢献していく「何か」、すなわちミッションがあるからこそ頑張れるのです。
わたしは、個人が自分自身のミッションを見つけ出す方法として、3つの輪を重ねてみることを提唱しています。
1つ目の輪は、自分が「好きなこと」、2つ目は「得意なこと」、3つ目は「何か人のためになること」です。
3つ目は、人に求められることでもあるので、その対価としての収入に結び付きます。好きなことだけ、得意なことだけはおカネにはなりません。収入が無ければ、継続できません。しかし、3つの輪が重なれば、自分のためにも、世の中のためにもなって、その対価として報酬も得られるわけです。
BP:最後に本誌読者にメッセージをお願いします。
岩田氏:わたしのこれまでの経験から、素晴らしい会社ほど、目先の売り上げや利益だけにとらわれることなく、ミッションを大事にしています。
企業は経営が苦しくなると、どうしても短期的な利益ばかりを追い求めてしまうものですが、むしろそんなときにこそ、中長期的な視点でミッションを大事にすることが求められるのではないでしょうか。
どんなに苦しくとも、目先の利益ばかりにとらわれず、「世の中に貢献する」という崇高な思いを掲げながら企業活動に取り組んでいれば、社会はそれをよしとして応援してくれるでしょう。
もちろん、会社が生きるか死ぬかという瀬戸際のときに、経営者がとにかく利益を稼ごうと必死になるのは当然のことです。「長期と短期」や「ミッションの実現と会社の継続」など、一見相矛盾する事を、どう折り合いをきちんと付けていけるかが経営者の使命です。
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