メールシステムのみでビジネスの情報伝達をまかなうことに限界がきている。毎朝、PCに送られてくる膨大な量のメール。すべてを処理することはもはや不可能であり、優先順位の高い情報が処理されるため、重要な案件の処理漏れといった事故も起きやすい。また情報共有すべきデータのサイズは、年々大きくなり、メールでは送れないといったことも珍しくない。ランサムウェアの攻撃もメールを入り口として行われている。数年前、この状況を予見したある企業では、メールの使用を全面禁止した事例すらある。これらの問題を解決するソリューションがビジネスチャットなのだが、実際の運用には、別の問題が起こっている。 |
生産性向上や社内リソースの発掘、活用を目的に、新たなコミュニケーションツールに目を向ける企業が増えている。O f f i c e 365が提供するTeamsなどのビジネスチャットとファイル共有を基盤にしたツールは、使い方次第で、社内の情報共有を飛躍的に改善することが可能だ。だが実際には、導入したものの活用が進まない、期待した成果が得られないという悩みを持つエンドユーザー様も少なくない。
実際に使ってみると分かる通り、メールと比べ、アカウント認証を前提にしたセキュアな環境の中で自由に情報交換できるビジネスチャットの有意性は明らかだ。ではなぜ、期待した効果が得られないと考える企業が少なくないのか。グラフィ株式会社 代表取締役の吉村 伸氏は、「その背景には、サイバー空間と企業組織の仕組みの本質的な違いがあります」と指摘する。
ここでまず吉村氏の経歴を簡単に振り返っておこう。日本におけるインターネットの実質的な起源とされる学術情報ネットワークJUNETに早くから関わり、インターネットイニシアティブ(IIJ)設立メンバーでもある吉村氏は、実業家・インターネット技術者としてその名を知る人も多い。一方で、インターネット普及以前には、ニフティサーブが提供するパソコン通信サービスで、U N I Xをテーマにした人気フォーラムのSYSOP(シスオペ)を務めていたという経歴を持つ。
パソコン通信とインターネットの最大の違いは、前者がアカウント認証を前提としたクローズドのネットワークだったという点にある。無責任な発言が抑制される環境は、時に生産性のある議論を生むユニークなコミュニティを生んだ。そこに、ビジネスチャットというクローズドなツール活用のヒントがあるのではないだろうか。
「確かに、P Cがスマホに変わり、画像、動画が簡単に共有できるようになるなど道具立ては変わりましたが、パソコン通信にせよビジネスチャットにせよ、サイバーなコミュニケーション空間の本質に違いはありません。ただし、そこから見えてくるのは、企業におけるその運用の難しさです。分かりやすい例を一つ挙げましょう。自分が管理者をしていたフォーラムの参加者にリアルの場でお会いする機会は実は少なくないのですが、そのときにまず驚かれるのは私の年齢なんです。当時私は30代でしたが、どうやらフォーラム参加者は私より10歳、20歳上の方が大部分だったようです。社会通念上は、グループの中心人物は年長者と決まっています。ですからそのギャップにまず驚くわけですね。ここからも分かる通り、サイバー空間は、年齢も性別も肩書もない場です。しかし当然ながら会社組織はそうではありません。ツールを本当で活用しようと思うなら、これまでの企業の仕組みを捨てるぐらいの覚悟が必要だと私は思いますよ」
ビジネスチャット導入を検討したある会社の場合、『そんなことしたら、平社員が社長にタメ口で話し掛けるようになりますよ』という一言で採用が見送られたという、笑うに笑えない話もある。あらためて考えてみると、サイバー空間と企業文化のギャップは決して小さくなさそうだ。
続き「第2特集 シスオペに学ぶ ビジネスチャットの運用」は本紙でご覧下さい。 |
■パソコン通信とは?
吉村 伸氏
グラフィ株式会社代表取締役日本のインターネットのルーツとされるJUNET構築やインターネットイニシアティブ(IIJ)創業に参画。その後もインターネットを核に新たな取り組みを続ける実業家・インターネット技術者。
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