難解な心理学について、分かりやすく軽妙な言葉で解説する心理学者の植木理恵さん。大学での講義やカウンセリングの傍ら、テレビやラジオにも多数出演するなど、忙しい毎日を送っている。そんな植木さんに、心理学の観点から企業が人材を育てるための秘訣や、営業で成功するためのヒントをうかがった。人間の性格は、持って生まれたDNA配列によってほとんど決まるという。「性格を変えることはできません。ただ『頑張れ』と励ますのではなく、性格ごとに接し方を変えることが大切です」と植木さんはアドバイスする。
BP:まずは会社の上司が部下を育てるコツについて、心理学の観点からアドバイスをお願いします。
植木理恵氏( 以下、植木氏):いま世界的に研究が進んでいるにもかかわらず、日本ではあまり意識されていないのがモチベーションの心理学です。
日本の企業では、上司が部下を指導するときには「頑張れ」の一点張りですが、米国では、どうすれば部下のやる気を引き出し、逆に何をするとモチベーションを下げてしまうのかということは、DNA配列に基づく人それぞれの気質によるものであるという研究が進んでいます。人材教育には、受ける人の気質やそれを形成するDNA配列によって、どこかのレベルに達したら諦めなければならないところがあります。諦めずに無理に教育しようとすると、暗い人間になってしまいます。
人間には生まれ持って変えられない、そして変えるのを諦めなければいけない2つの気質があります。
一つは内向的か外向的かということ。内向的な性格の人を外向的に、あるいは外向的な人を内向的に変えようとしてもできません。無理に変えようとすると、病気になってしまいます。
もう一つは、情緒安定型と情緒不安定型。これも生まれ持ったまま変えられないことが遺伝子の研究で分かってきています。日本では情緒不安定が悪いことのように思われていますが、不安定型じゃなければできない仕事がたくさんあることも分かってきました。
米国の心理学の学術論文では、すべての人材を情緒安定型にしようとすると、逆に企業を面白くないものにするという事例がかなり紹介されています。
BP:外向的と内向的、情緒安定型と情緒不安定型のそれぞれの特徴について、詳しく教えてください。
植木氏:例えば、友人が不慮の事故に遭ったときに、相手のことは考えずに、自分の考えだけですぐに駆け付けるような人は内向的だと言えます。自分の心の尺度に従って動くような人です。
外向的な人は、友人が入院したとしても動きません。自分よりも相手や周囲を慮る気持ちが強く、「もしかしたらあいつは具合が悪いところを見られたくないかもしれないな」とか「自分が行っても歓迎されないかもしれない」などと空気を読む傾向があるからです。
不思議なことに、日本だけでなく、欧米のさまざまな国々で、異なる民族や性別・年齢別にDNA検査を行ったところ、外向性遺伝子を持つ人と内向性遺伝子を持つ人は、ほぼ半分ずつ存在することが分かっています。
一方の情緒安定型と不安定型ですが、例えば、仕事も人間関係も白黒をつけないと気が済まないタイプの人というのは、だいたい情緒不安定型ですね。
白黒を付けないことはグレーゾーンのままにしておける能力です。逆に物事を延期できない場合は、結論が出るまで、ノイローゼになるほど仕事に集中してしまいます。情緒安定的な人は、物事をあいまいにできる力や延期できる力があるということです。
情緒安定型と情緒不安定型も、民族や性別、年齢にかかわらず、ほぼ50%ずつ存在することが分かっています。
どちらが優秀か劣等かということではなく、資質が違うだけにすぎません。それぞれの資質はそれぞれのチャームポイントでもあるのです。不必要な遺伝子は歳月を経るごとに淘汰されるものですが、心理にかかわる遺伝子が50%ずつの割合で長い間残っているということは、どちらも集団を形成するうえで必要不可欠な遺伝子なのだということを示していると思います。
最近では、外向性と内向性、情緒安定型と情緒不安定型を組み合わせて性格を分類することも注目されています。
内向的で情緒安定型の人は「カームタイプ(C)」と言って、自分に確固たる基準があり、環境が穏やかな状態だとモチベーションが上がるタイプです。ノルマを課されたり、仕事の期限を設けられたりしても火が付くタイプではありません。逆にそういう状況に追い込まれると「俺、もうダメかも」と思ってしまう。焚き付けるのではなく、「ここまで行ったらこうなるよ」というビジョンを示してあげると、気持ちを安定させて、いい仕事をします。
一方、内向的で情緒不安定な人は、「エキセントリックタイプ(E)」と言います。自分に基準があってかたくななのに、案外ふわふわと意見が揺れたりするような人です。職人的な仕事とか専門職とか芸術的な人が多いですね。
エキセントリックタイプは、上司がいちばん取り扱いにくいタイプだと言われていますが、「キミはこれだけに集中してくれればいいから」と、一つのことに絞って任せると、朝まででも頑張ってくれるタイプです。専門的なことを委ねられることで、モチベーションが上がるタイプですね。
次に外向的で情緒安定型の人ですが、このタイプは空気を読もうという気持ちが強くて、仕事を延期させることもできる。米国ではリーダーシップの素養がいちばん高いと考えられていて、「ディレクタータイプ(D)」と呼ばれています。人の上に立って何かをまとめるときに能力を発揮しやすいタイプだといわれています。こういう人の場合、自分が仕切る場面では、とても頑張る傾向があります。
最後に外向的で情緒不安定型の人。自分に信念があるわけでもないのに何事も最後までやり遂げようとするタイプです。言葉は悪いですが、「ブラックリストタイプ(B)」と呼ばれています。
BP:ちょっと怖い名称ですね(笑)。
植木氏:ブラックリストと言っても、「要注意人物」というようなネガティブな意味ではなく、「冒険者」といった肯定的な意味に捉えてもらえばいいでしょう。このタイプの人は、いつも同じメンバー、同じプロジェクトで堂々巡りに物事を考えるようなことにすごく苛立ちを感じてきます。だから時折、普段とは違う場所に送り込んだり、普段は会えないような人との出会いを促したりすると、ものすごく大きなものを学び取ってくる力が強いのです。ですから、新しい環境や挑戦的な課題を与えてあげたほうがモチベーションは上がるのではないかと思います。
以上の4つのタイプに分類する方法を、それぞれのタイプの頭文字を取ってBCDEテストと呼んでおり、海外ではよく行われています。
BCDEの分類は、人材を育てるときにも役立ちますが、部署やプロジェクトチームに人材を配置するときにも応用できます。すべてのタイプの人材をバランスよく配置するほうが組織はうまく機能することが分かっています。
全員がCタイプだと、互いに譲り合って何も決まらないということに陥りかねませんし、Bタイプが一人もいないと、何も革新的なことが起きないというようなこともあります。各タイプをバランスよく配置すれば、個々のモチベーションが高まるのでグループとしての成績も上がり、それぞれのメンバーの満足度や幸福度も高まります。
あえてDNA鑑定をしなくても、各タイプに関する視点を持って3カ月ほど人材を観察すれば、7割以上の的中率でグループ分けができることが明らかになっていますから、気軽に実践してみてはどうでしょうか?
BP:お客さまに好印象を抱いていただける営業の仕方について、心理学の観点からアドバイスをお願いします。
植木氏:話下手なのに、話に説得力がある人がいますよね。それは、話すロジックがしっかりしているからなんです。
わたしは「ポポネポ」と呼んでいますが、「起承転結」のように、伝える情報をポジティブ、ポジティブ、ネガティブ、ポジティブの順で組み立てると相手に響きやすいんですね。
人は、会話の最初に聞いたポジティブな情報に引きずられやすい傾向があるんですよ。ですから営業をするときは、いちばんいい情報を会話の頭に持ってくると効果的です。これを心理学では「初頭効果」と言います。
情報の中に数字を入れるとより効果的です。「いままでの何分の1の節約ができる」とか「何分の1の小ささ」だとか、驚くようないい情報を盛り込んで、相手の頭に印象強く叩き込んでもらうわけです。こうしたビッググッドニュースは、できれば最初の2分間に伝えるのが望ましいでしょう。これが最初の「ポ」です。
次に2つ目の「ポ」を紹介して、3つ目にやや否定的な情報、つまり「ネ」を挟み込みます。
社会心理学に「二面性提示」という考え方があるのですが、何かを相手に伝えるときは、物事の一面だけを伝えるよりも、二面を伝えたほうが説得力があるとされています。例えば、わたしが心理学者の立場として誰かに「お見受けしたところ、とても前向きで明るい方だと思います。でも家でひとりになったときに沈んでいることがあるでしょう?」などと聞いたら、ほとんど全員がそうだと答えるはずです。人は二面性に触れられると、すごくハッとするんです。これをセールスに当てはめれば、商品を褒めるばかりではなく、けなすことも必要だと言えると思います。そして最後はポジティブに締めくくる。これがポポネポです。
BP:ITのセールスについて、何かアドバイスがあればお願いします。
植木氏:わたしのようなITの素人は、どれくらいプロのことを信用しているのかということを知ってほしいですね。消費者には、どうせ買うなら「この人はプロなんだな」と思う人から買いたいというプライドがあると思います。
消費者が対面で買い物をするときに不安を感じるのは、オープンクエスチョンを受けるときですね。「どんなモノをお探しですか?」とか「どういう用途でお使いですか?」「何が好きですか?」と聞いてくる人は、やさしいですけど、「大丈夫かな、この人?」と不安に思ってしまいます。
ITの場合、食べ物などと違って消費者側に知識がないことが多いと思います。だから「教わりたい」という思いがものすごく強いわけです。オープンクエスチョンは、頼りない印象のある聞き方だとされているので、とくにITの営業については不利だと思います。
逆の聞き方としてクローズドクエスチョンというものがあります。最初にオープンクエスチョンで用途などを聞いたら、「では、この製品やこのプランだったらどう思います」と答えを絞りながら聞いてくれるのがクローズドクエスチョンです。プロが提示してくれたものの中から自分が選ぶと、「これを選んでよかったな」という気持ちになれるので、満足感も強くなります。
逆にクレームが起きやすいのは、一つも提案を受けることなく消費者が自分で選んだ場合ですね。
質問の仕方によって、買った後の印象も大きく変わるのだということを理解すると、営業の仕方もいろいろ工夫できるのではないでしょうか。 |