報道番組やバラエティ番組などの司会で大活躍の福澤朗さん。日本テレビのアナウンサーからフリーに転身してもうすぐ10年を迎える。「ジャストミート!」「ファイヤー!」など数多くの流行語を生んだ“言葉の魔術師”は、ビジネスマンの営業においても、相手に合わせて言葉や例えを巧みに使い分けることが「印象に残るための秘訣」だと語る。話し方、伝え方のプロである福澤さんに、お客さまが営業マンに「また会いたい」と思わせるコミュニケーションの極意を聞いた。
BP:本誌読者には営業職の方も多いのですが、「何年やっても、お客さまと上手に会話ができない」とか、「お客さまに、なかなか心を開いてもらえない」と悩んでいる人が少なくないようです。福澤さんは、何が問題だと思われますか?
福澤朗氏(以下、福澤氏):そもそも日本では、欧米と違って学校教育で話し方や議論の仕方などを学ぶ機会がありません。昔から「読み、書き、そろばん」と言われたように、国語においては、読解力と文章力を養うことには力を入れてきましたが、「聞くこと」と「話すこと」については、「生まれたときから普通に身に付いているだろう」という先入観からか、非常におろそかにされてきた歴史があります。
そう考えると「話し方がわからない」「コミュニケーションが上手に取れない」というのは、この国の教育の問題でもあると思います。何の訓練もなく、学校を卒業して社会に出ると、いきなり実践的なプレゼンテーションや会議での議論などを求められるのですから、悩むのも無理はありません。
しかし、学校教育では学べなくても、私が学生時代にプロの役者を目指してのめり込んだ演劇や、現在の仕事であるアナウンサーの勉強では、話し方、気持ちの伝え方に関する心構えやさまざまな技術が学べます。
どうしてもコミュニケーションに自信が持てないという人は、「いまさら遅い」などとは考えず、そうした学びの場を探してイチから勉強してみるのもいいのではないでしょうか。
BP:福澤さんの著書『“また会いたい”と言わせる話し方、伝え方』を拝読しましたが、いまおっしゃった会話をするうえでの心構えや技術が、わかりやすく解説されていますね。話し方についての講座やセミナーも多数開催されているようですが、受講者にどのようなアドバイスをされていますか?
福澤氏:例えば、営業職の方からは、「初めてのお客さまの仕事場を訪問したときに、どれくらいの声の大きさや雰囲気で話をすればいいのかわからない」というご相談をよく受けます。
この場合に大切なのは、仕事場に入った瞬間にその場の雰囲気を感じ取り、なるべくその雰囲気に合わせることです。「几帳面な雰囲気の会社だな」と思ったら几帳面に、「ラフな雰囲気だな」と思ったら、許される範囲でこちらもラフに接するのがいいですね。
コミュニケーションの第一歩は、相手に警戒感を抱かせず、親しみを感じてもらうこと。こちらが相手の雰囲気に合わせれば、おのずと親しみやすく感じてもらえるものです。
そのうえで、その場の周囲で交わされている会話の1.2倍ぐらいの大きさの声で話すようにしてみましょう。
周囲の声にかき消されるような小さな声では、相手の耳に届きませんし、かといってあまり大きすぎる声では、その場の雰囲気を壊してしまいます。
BP:著書の中では、その場の雰囲気に合わせるだけでなく、話し相手のペースに合わせることも大切だと書かれています。
福澤氏:話し方のペースって、人によってさまざまですよね。声のボリューム、スピード、ひとつひとつの話の長さや区切り方などは、人それぞれの会話のリズムであり、個性でもあります。
会話をスムーズにするには、相手の話し方のペースに自分を合わせることがとても効果的です。
例えば、相手はどちらかと言えばゆっくり話すタイプ、あなたはせっかちに話すタイプだとしましょう。あなたが急き込んで話せば話すほど、相手はペースを乱されて、どんどん引いていってしまいます。
でも、相手のペースに合わせてゆっくりと話せば、相手にとって心地よく、なじみのよいリズムになるので、会話がスムーズに進みやすくなるわけです。
このように、相手の話し方のペースに合わせて会話をすることを、心理学用語で「ペーシング」と言います。
会話がスムーズになれば、相手が親しみやすさを感じてくれるので、心の開き方も変わってきます。営業で商品説明をするにしても、相手の心の持ちようが違えば、反応も大きく変わるのではないでしょうか。
BP:商品説明の話が出ましたが、営業職の中には、「説明やプレゼンが苦手」という人もいます。どうすれば上手になれるでしょうか?
福澤氏:どんなに説明をしても、相手に内容がよく伝わらないというのであれば、とくに伝えたいことを、声の高さ、大きさ、速さを変えて強調してみてはどうでしょうか?
同じ声の高さ、大きさ、速さで話を続けると、どこに話のポイントがあるのかわからないので、印象に残りにくいものです。例えば、「わたしは今日、銀座線でここまで来ました」と説明するときも、「わたしはきょう、ぎんざせんでここまできました」と平板に話すだけでは、何の印象にも残らず、ただ聞き流されてしまいます。
でも、「今日」あるいは「銀座線」という単語を少し高い声で言ったり、大きく、ゆっくり話したりすると、その言葉が浮き出て、「ああ、今日は銀座線で来たんだな」と印象深く相手の耳に残るのですね。
伝えたい言葉の前に、ちょっとした“間”を取るのも効果的ですね。書き言葉で言えば読点のようなものですが、ひと呼吸入れてから言葉を発することで、より印象に残りやすくなります。
BP:「説明やプレゼンが苦手」という人の中には、語彙や表現力が乏しくて、うまく説明できない人も多いようです。プロのアナウンサーである福澤さんは、まるで“言葉の魔術師”のように変幻自在にボキャブラリーを使いこなしていますが、やはり相当訓練されたのでしょうか?
福澤氏:日本テレビのアナウンサー時代にプロレス中継を担当したときは、新聞や雑誌、書籍、テレビのニュース、ドラマなど、とにかくあらゆる媒体に接し、1日に1つボキャブラリーを増やすことを日課にしていました。
話し方の講演会で、「将来アナウンサーになりたい」という相談を受けることもよくあるのですが、とにかく本や新聞、雑誌をよく読むようにとアドバイスしています。貪欲にたくさんの言葉を自分のものにすることは、表現力を磨くうえで絶対に不可欠だからです。
もちろんこれは、ビジネスにおける説明やプレゼンの表現力を高めるうえでも非常に有効です。
それともうひとつ、アナウンサー志望の学生たちに“裏ワザ”として勧めている表現力の鍛錬法があります。
それは、いまの若者たちが日常会話で当たり前のように使っている「ちょー」「まじ」「やばい」「ぶっちゃけ」「うざい」「うそ」「かわいい」という7つの単語を使わないこと。
これらの若者言葉は、そのときの自分がどんな気持ちであろうと、相手の問い掛けにすぐにリアクションできてしまうという点では便利な道具ですが、人間が抱くさまざまな思いや感情をたった7つの表現に集約してしまうという点では、非常に安直すぎる言葉だと思います。
あえてこの7つの言葉を封印し、それに代わる表現を自分なりに考え、自分の言葉として発してみることが、表現力を磨くうえで非常にいい訓練になるのです。若手のビジネスマンの方々にも、ぜひ実践してみてほしいですね。
BP:自分ならではの表現力が身に付けば、それが個性になって、よりいっそう相手の印象にも残りやすくなるのではないでしょうか?
福澤氏:その通りです。単にボキャブラリーを増やすだけでなく、話す相手によって使う言葉を変えてみたり、比喩に工夫を凝らしてみたりするのも有効だと思いますよ。
ひと口にIT機器やソリューションのお客さまと言っても、業種も違えば、経営者から総務・経理担当者、営業担当者など、相手の立場もさまざまですよね。年齢や性別だって、お客さまごとに違います。なので、すべてのお客さまに同じ表現で説明をしても、響く場合と響かない場合があるわけです。
ITに詳しくない年配のお客さまには、「いままでにない革新的な技術を備えた製品です」と説明しても、あまりピンと来ないかもしれません。
それよりも、「最近、卵かけごはん専用のしょうゆが発売されて話題になりましたよね。あれと同じくらいITの分野では画期的な技術なんですよ」というくらい親しみやすい例えを出したほうが、むしろ伝わりやすいかもしれませんよね。
表現力を身に付け、相手に応じて柔軟に使い分けられるようになるためには、とにかく経験と訓練を積むしかありません。最初からうまくできるはずはないので、不安になるかもしれませんが、ひとつずつ成功体験を積み上げながら自信を付けていくことです。
BP:ビジネスマンのコミュニケーション能力としては、営業のほかに、会議や交渉事などで討論する力も求められます。
福澤氏:ディベート(討論)も、日本の学校教育ではまったく学べない技術のひとつですね。そのせいか、ディベートとは「相手を言い負かすこと」だと思っている人が意外に多いようです。
自分の言い分を一方的に主張するのではなく、相手の意見にもしっかり耳を傾け、それぞれの意見を擦り合わせながら、よりよい結論や解決策を導き出していくのが本来のディベートです。
「傾聴」という言葉がありますが、ディベートに限らず、あらゆるコミュニケーションの基本は、まず相手の言葉にしっかり耳を傾けることです。
こちらの主張を一方的に押し付けるのではなく、まずは相手が何を思い、どう考えているのかをしっかりと感じ取ってみてください。
営業の場面で、相手の目を見て、話にきちんと耳を傾ければ、「ああ、こっちの話をちゃんと聞いてくれているんだな」と相手は心を開いてくれるはずです。そして、そんな人なら「また会ってみたい」と思ってもらえるに違いありません。
BP:最後に本誌読者に応援メッセージをお願いします。
福澤氏:毎日営業をしていると、日によってトークのコンディションが変わることがあると思います。アナウンサーの仕事でも同じような経験がよくあるのですが、いつもより滑舌が悪い、思ったことがうまく言えないというときは、基本に立ち返って本番前に必ず発声練習や滑舌の練習をしています。
少しでも「コンディションが悪いな」と感じたら、きちんと事前準備をして、悪いなりに最善を尽くせるよう努力してみてください。事前の発声練習や滑舌の練習は、営業マンの皆さんにも役立つと思いますよ。
営業成績が上がらないなど、スランプに陥ったときは、一度自分のプレゼンを録音して聴いてみるのもいいでしょう。自分ではうまく説明しているつもりでも、客観的に聴いてみると、思った以上に言葉が平板だったり、言いたいことがきちんと言えていなかったりするものです。ぜひ、試してみてください。
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