リクルートグループで働きながら自らの会社を起こし、NPO活動やボランティア活動、ママ友ネットワークへの参加など、いくつもの“わらじ”を履いて活躍する森本千賀子氏。その活躍ぶりはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも紹介され、仕事と家庭の両立に悩むワーキングマザーたちの注目を集めた。そんな森本氏に、現在の「働き方改革」の問題点や、どのようにすれば「やりがい」を感じながら仕事や生活を両立できるのかなどについて聞いた。
BP:森本さんは、リクルートエグゼクティブエージェントで経営幹部層に特化した採用支援やキャリア支援に携わりながら、ご自身の会社である株式会社morichを経営し、プライベートでは2児の母親として育児にも奮闘されています。そのうえNPO活動等にも参加し、年間80回以上も講演をこなすなど、本当に忙しい毎日を送られていますね。
森本千賀子氏(以下、森本氏):ママ友や勤め先の同僚たちからも、「よく目が回らないね」「なぜそんなに頑張れるの?」と聞かれます(笑)。
どうにかやってこられたのは、いまのように「働き方改革」が叫ばれ始める何年も前から、自分なりに働き方を変えてきたからだと思います。
働き方を変えるきっかけとなったのは、子育ての問題でした。わたしは2003年に長男、2009年に次男を出産していますが、次男を産んで会社に復帰した後、自分の今後のキャリアや、仕事への向き合い方を見直さざるを得なくなるような転機が訪れたのです。
わたしは根っからの仕事人間だったので、長男が生まれたときには、夫にかなり育児を頼っていました。ある意味「イクメン」だった夫に全面的に育児をサポートしてもらいながら組織マネジメントを遂行していました。
ところが、次男が生まれた直後に、夫が出張の多い部署に異動となり、平日はほとんど家にいない状態になってしまったのです。そうなると、育児はわたしがするしかありません。ある意味、「ワンオペレーション」です。更に、私は実家が関西ですので実の両親に日常的なサポートをお願いすることもできなかったのです。
BP:仕事と子育ての両立を迫られたわけですね。
森本氏:そのころ、わたしはすでにリクルートキャリア(リクルートグループの人材採用支援会社)に20年以上勤めており、復職直前もチームマネジメント、チームビルディングに情熱を注いでいたので、育児休暇から復帰したら事業グループのマネジメントとして活躍したいと思っていました。
しかし、二人の子育てを一人でこなしながら組織マネジメントもするというのは、簡単なことではありません。会社にいられる時間がどうしても限られてしまうからです。
そこで、マネジメントにかかわるのはあきらめ、時間や社内の人的交流に制約があってもできるコンサルタントという自己完結型の仕事を選びました。
社員の置かれた状況や希望に沿って、ふさわしい働き方を与えてくれるのは、リクルートグループの非常に良いところだと思います。
とはいえ、目指していたマネジメントの仕事を断念せざるを得ないことには、非常にじくじたる思いがありました。一度「やりたい」と思ったら、何が何でもやりたいという気持ちが強くなる性分なので、情熱を持て余してしまったのです(笑)。
そこで、「社内で情熱を発散できないのなら、外に振り向けてみよう」と思い直しました。コンサルタントという職種を生かし、お客さまの広報担当者や人事担当者といった外部人脈を通じて、メディアの連載や本を執筆したり、講演を行ったりする機会をいただいたのです。
その延長線上で、N H K の『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも何度か出演させていただき、番組をご覧になった方々とのご縁が広がったことで、ますます本の執筆や講演などの依頼が多くなりました。
結果的に、マネジメントの仕事をするよりも忙しい毎日となりましたが、何とか時間をやりくりしながら、仕事も子育ても両立させています。
「どうして両立できるの?」とよく聞かれますが、それぞれに「やりがい」を感じていますし、だからこそ「どれも手を抜かずに本気でやろう」と思うので、頑張れるのだと思います。
BP:「やりがい」は、仕事への向き合い方や、働き方を変えるエネルギーとなるわけですね。
森本氏:いま、政府主導のもとで、企業による「働き方改革」への取り組みが進んでいます。しかし、多くの企業が採り入れているのは、時短勤務やノー残業デー、退職した女性を呼び戻す再雇用制度といった「働きやすさ」を促す制度ばかりで、残念ながら「働きがい」を促すような取みが抜け落ちているように思えます。
ママ友たちや、会社の後輩女性社員たちの話を聞くと、「時短制度などのおかげで仕事と家庭の両立はできているけれど、充実感がない」という声をよく耳にします。これは、「働きやすさ」と引き換えに、彼女たちの「働きがい」が見過ごされていることが原因ではないでしょうか。
もちろん、現実的に考えれば、午後3時から4時に帰ってしまう社員に責任のある仕事は任せられないと会社が考えるのはよくわかります。
しかし、結果として「働きやすさ」を選んだ社員が何年経っても補助的な仕事に甘んじ、昇進のチャンスも得られなくなってしまうというのは悲しいことです。「働き方改革」は、「働きやすさ」と「働きがい」をセットにして取り組むべきではないでしょうか。
BP:とはいえ、企業の意識改革は、そう簡単には進みそうもありません。「働きがい」を得るための自助努力の方法はありませんか。
森本氏:わたしが提唱しているのは、会社と家庭以外に「サードプレイス」( 第3 の居場所)を持つことです。
わたしも実践してきたことですが、例えば、NPO活動やボランティア活動に参加する、勉強会やセミナーなどに参加する、ママ友などのコミュニティーに加わる、MBAを目指して社会人向けの大学院コースに入学するなど、いろんな居場所が見つかるはずです。
たとえ会社では「働きがい」を感じる機会が少なくても、こうしたサードプレイスでの活動に積極的にかかわっていくと、自分らしさとは何かということに気づき、それを発揮することの充実感を味わうことができます。
しかもその活動を通じて、いままでの仕事で培ってきた経験や知見が生かせるだけでなく、気づかなかった自分の資質を発見したり、新たな能力を開発したりすることもできるわけです。
もちろん、会社の外のいろいろな人たちと出会い、刺激やチャンスを得られることも大きなメリットですね。
BP:新たな能力を手に入れることができれば、キャリアデザインの可能性も広がりそうですね。
森本氏:それは非常に大切なことだと思います。シンクタンクなどの研究によると、現在の日本の労働人口の49%が従事している仕事は、テクノロジーの急速な進歩によって、10〜20年後にはA(I 人工知能)やロボットなどに置き換えられるといわれています。
いま目の前に課された仕事の能力を持っているだけでは、10〜20年後に職を奪われてしまう可能性があるわけです。「そんな未来はあり得ない」と思うかもしれませんが、インターネットが普及し始めてからたった20年で仕事になくてはならない“道具”となったように、10年後、20年後には、いまではあり得ないと思っているようなことも、必ず現実となるはずです。
そうした時代の到来に備えて、いまのうちからできるだけ多くの能力を磨き、キャリアデザインの選択肢を増やしておいたほうがいいと思いますね。
いずれにしても、仕事や生活に「やりがい」を得るためには、自助努力も非常に大切だと思います。
BP:森本さんはとても明るく元気で、話をしていると、こちらまで思わず元気になってしまいます。元気だからこそ、仕事もプライベートも一生懸命になれるのだと思いますが、森本さんのパワーの源は何でしょうか?
森本氏:わたしはよく人から「発電型人材」だと言われるのですが、アウトプットを増やせば増やすほど、エネルギーチャージされ元気がみなぎってくるのを実感します。
例えば、わたしは現在、年間80回以上の講演を行っており、多い日には1日3回の講演をこなします。普通の人なら、3回もやるとだんだん疲れを感じるのかもしれませんが、わたしの場合、むしろだんだんテンションが上がってきます(笑)。
なぜなら、講演で大量の話題をアウトプットすることによって、自分の中のインプットのスペースが広くなるからですね。そうして空いたスペースに皆さんの
エネルギーをいただくことが、わたしの元気の源になっているのだと思います。
先ほど、次男を産んだ後にキャリアチェンジをして、外向きの仕事に取り組み始めたという話をしましたが、「発電型」である自分の性格を考えても大正解だったと思っています。
もちろん人間には、わたしのような「発電型」ばかりではなく、1人で物事を考えたり、仕事をしたりするほうがエネルギーを蓄えられる「蓄電型」の人もいらっしゃいますから、性格に応じてパワーの蓄え方を考えたほうがいいと思います。
BP:仕事で間違いや失敗をすると、くよくよ悩んでしまう人も多いと思います。何かアドバイスはありませんか。
森本氏:人間ですから、間違いや失敗は誰にでもあります。でも、その後悔を引きずってエネルギーを浪費するのはもったいないと思いますね。
むしろ、どうやって失敗を挽回するかということにエネルギーを注いでみてはどうでしょうか。
かくいうわたし自身、仕事による失敗は数え上げたらキリがありません。それは常に新しいことにチャレンジしているからです。当然、新たな挑戦には失敗はつきものです。しかし、たとえ失敗をしても、「どんなことも無駄なことはない。これにはきっと何かの意味がある」と考え、この失敗の原因や事象から何を学ぶべきかを考えるようにしています。
例えば、上司やお客さまからの頼まれごとを忘れてしまったときは、「最近、忙しすぎて、時間に追われているということを知らされているのだ」と思って、スケジューリングの見直しといった改善に結び付けています。
また、失敗をポジティブな発想へのきっかけにすることも大切です。
わたしは、2015年にスキーで転んで右ひざ前十字靭帯を切るという大けがをしたことがあります。1週間入院し、どうにか歩けるようになるまで4〜5カ月、全治するまで1年近くかかりました。そのせいで会社やお客さまにもかなり迷惑をかけてしまいました。
仕事に支障をきたし、ご迷惑をかけたことはとても悔しく思っていましたが、しかしその一方で、「こんな大けがをしたのには、何か意味がある」とも考えたのです。
そこでふと思ったのは「こんなわたしが完治して、フルマラソンを走れるようになったら、少なくとも世の中の人を勇気づけられるのではないか」ということでした。失敗をきっかけにひとつの目標ができたことは、わたしに元気をもたらす新たな糧となりました。
いまでもフルマラソン出場を目指して週末には必ず走っていますし、必ず目標を達成したいと思っています。
BP:最後に本誌読者にメッセージをお願いします。
森本氏:講演の最後にいつも言っていることですが、「意識を変えれば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば人生が変わる」という言葉があります。
意識を変えようと絶えず思い続けることが、人生そのものを変えるのです。
そのきっかけを与えてくれる人脈やネットワークを大切にしながら、前向きな人生を手に入れてください。
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