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 ロッキード事件を担当した検事として有名になり、現在はさわやか福祉財団の理事長を務める堀田力氏。福祉の問題を足場に、よりよい社会が実現することを願って、さまざまな分野で提言や活動に取り組んでいる。 今回はその堀田氏に、自立した多様な生き方を実現するために必要な考え方などを語ってもらった。  今の日本は閉塞感に覆われてしまっている、と堀田さんは感じておられるそうですが？ 高度経済成長時代には勤勉に働けば、経済的にもっと豊かになれるという夢を皆が持っていました。だから仕事は大変でも、将来を夢見て頑張ることができたのです。 しかし当時ほど貧しくはなく、そこそこには暮らせるようになった今、日本人の多くは次の目標を見出せずにいるようです。かつては社会が全体でひとつの夢を追ってきたわけですが、これからは各自がそれぞれの夢を持つべきなのではないでしょうか。 日本よりも早く経済成長が安定期に入った欧米諸国では、「世間」という概念がないといわれています。「皆がそうするから、自分もこうする」という意識がなく、各自が自分の夢を持っているのです。だから社会に多様性が生まれ、それが活気や活力をもたらす結果にもなっているのでしょう。 たとえばフランス人ですと「自分はこういう生き方をしたい」という、はっきりとした考えを多くの人が持っています。だから定年退職した後に何をするかもあらかじめ決めていて、それを実現するための人生設計をきちんと立てているのです。でも日本人はそうではなくて、ただ漠然と「定年後も働きつづけることができればいいな」というくらいにしか考えていない人が多いみたいですね。 つまり日本では、まだ個が確立されていないのです。しかし今後は日本人も「とにかく皆と同じに」というのではなく、それぞれが自分自身の夢や人生設計にそって自立した生き方をするべきなのでしょう。 私は福祉財団の方でもこういう考え方で活動しています。人々が自立する、ということを大切にしたいと考えているのです。 少し前までは、福祉というとどうしても「自力だけでは自立できない人を助けてあげる、面倒を見てあげる」という意識になりがちでした。しかしこういう考え方ですと、相手は人間としてのプライドや尊厳を傷つけられてしまいかねません。 そこで最近では福祉でも「自分でできることは、自分でやる。可能なかぎり自立する」ということを目指すようになってきました。まずは自分で頑張ってみて、それで難しいことは互いに助けあう、という考え方が大切だと私も思っています。 最近は企業や組織の中で働く人にとっても、自立した意識を持つことが大切になっているのでしょうか。 かつて日本企業の多くはピラミッド型の組織で、上が全体をひっぱっていく形でした。しかし今後は、それをネットワーク型やフラット型の組織に変えていくべきなのでしょう。各自の適性に合った仕事を、一定の裁量権を与えてその人に任せるのです。 高度経済成長期には、人々がとにかく物理的に豊かになることを目指して働いてきました。したがって「仕事は稼ぐためにやるもの」と割り切って、辛い仕事でも頑張ることができていたのです。 しかし今では人々の意識が、仕事に対しても精神的なものを求めるように変わってきました。そりゃあ仕事も楽しみながらやることができれば、それに越した話はありません。 人間は自分の能力を活かすことができている時、楽しく感じるものです。自分の適性に合った仕事で裁量を委ねられるとやりがいを感じますし、結果として効率や生産性も向上します。たとえ裁量を任された結果として判断を間違えてしまった場合でも、それを反省し「次は失敗しないようにしなければ」と考えることが緊張感をもたらすことになるのです。そうやって各自の自立心を大切にした組織運営に切り変えていくべき時代になっているのではないでしょうか。  消費者やユーザーの側も自立や多様化が進んでいるので、それに応じた商品やサービスの提供が必要なのでしょうか。 高度経済成長期の間は物質的に貧しかったので、とにかく便利で効用の高いものを提供すれば受け入れられました。しかし今では生理的な欲求や物理的な欲求がひとまず満たされたので、より多様性だとか精神的な価値が求められるようになっています。 たとえば食べ物でしたら、昔はとりあえず美味しく食べられて量が十分なら満足してもらえました。しかし今では「より美味しいもの」や「見栄えも美しいもの」などというように、欲求のレベルが高くなっています。あるいは家具でも単に機能が高いだけではなく、美しさとか自分の趣味に合うことなどが求められます。 これは決して商品だけに限らず、情報に関しても同じようなことが言えそうです。かつては必要な内容の情報が与えられれば、それで満足できました。しかし今ではそれだけでなく、情報にも「表現が無味乾燥でなく面白い」とか「なんとなくオシャレだ」などの付加価値が求められるのです。単に頭や理性だけでなく、心も含めた人間としての全体に響いたり訴えたりするような情報が重宝されるわけです。 そして商品にしろ情報にしろサービスにしろ、どういう付加価値を求めるかということは人によって異なります。だから消費者が自分で選択できるよう、多様性の幅が大切になってくるわけです。 かつては、実用性の高い商品を大量生産で安く提供すれば買ってもらえました。しかし今では消費者が自分の好みで選べるように、いろいろな商品やサービスを用意しなければニーズに応えることができないのです。 最近では介護や福祉のサービスでも、多様性が重視されるようになってきました。介護の三大要素といわれる入浴と食事と排泄の世話を、ただ単に提供するだけでは十分とは見なされません。時には散歩もしたいとか話をしたいとか、音楽を聴きたいなどの要望にも応じることが求められるのです。食事でも単に消化のいい食品を提供するだけでなく、その人の好みを取り入れたメニューを出したり食事の時間を相手の希望に合わせるなど、食べることを楽しんでもらえるような工夫が求められています。  そのような時代におけるITの役割に関して、お考えをお聞かせください。 ひとりひとり異なる多様なニーズに応えるためには、ITが絶好のツールになると私は思います。 ITならば、いろいろな情報を山ほど提供することが可能です。そして利用者の側に、それぞれのニーズに応じて自分が求めている情報を選び出し、引き出してもらえばいいわけです。そういう仕組みがITで用意できるようになったのですから、あとはいかに広くて深い情報を提供するかという勝負でしょう。 しかもITは、多様な生き方を可能にする絶好のツールでもあると思います。 これまでは地方では仕事が少ないので、どうしても大勢の人が都会に集まって暮らす必要がありました。その結果、選べる生き方の多様性が損なわれていたのです。 しかし人によっては、田舎での暮らしにとても大きな魅力を感じるのではないでしょうか。 なにしろ、田舎にはすばらしい自然環境があります。ものによっては物価も安いので、豊かな暮らしを送ることができます。人間関係も暖かく、自立した人間同士の助け合いがあります。都市部まで車で2時間ほどの距離であれば、週末などに都市へ出て文化に触れることもできるでしょう。 そしてITを活用すれば、田舎にいても都会の会社にいるのと同じ仕事ができるのです。会社に出勤してPCで仕事をするのも、それを田舎でするのも同じですから。これまでだと取引や打ち合わせなどは顔を合わせて行うのが普通でしたが、それも今ではPCの画面上で互いの顔を見ながら行うことができます。 これまでは人も物も仕事も都市に集中することで、経済が発展してきました。しかし今ではその成果をすべて確保しながら、田舎で仕事をすることが可能な仕組みが整ってきているのです。この仕組みを活用すれば、それぞれの人が多様な生き方を自由に選べるようになるでしょう。本当にいろいろな意味で個が確立され、豊かな暮らしが可能になります。地方分権だとか資源の有効活用などといった、いろいろな問題も解決されるかもしれません。これが実現されたら、社会に大きな活力が生まれると思います。 |
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