インテルといえば、言わずと知れた世界最大の半導体メーカーである。特にx86 CPUとも呼ばれるPC向けCPUでは圧倒的なシェアを誇るが、そのインテルが2013年9月に開催されたIDFの基調講演で発表した新CPU(正確には周辺回路も集積したSoC)が「Quark」である。Quarkとは、素粒子の一種であり、原子を構成する陽子や中性子の構成要素である。つまり、Atom(原子)よりも、ずっと小さいのがQuarkだ。インテルは、低消費電力に特化したx86 CPUとして「Atom」と呼ばれる製品をリリースしており、タブレットPCやスマートフォンなどに採用されているが、Quarkはその名前からも分かるように、Atomよりさらに消費電力が小さいCPUであり、これまでインテルが苦手としてきた組み込み分野、特に今後大きな成長が期待されるIoTやウェアラブルデバイスなどをターゲットとした製品だ。IoTとは、Internet of Thingsの略であり、これまでインターネットに繋がっていなかったモノをインターネットに接続する技術のことだ。例えば、温度や湿度など計測する環境モニターがインターネットに繋がれば、インターネット経由で離れた場所からでも、その場所の環境を監視できる。IoTやウェアラブルデバイスは、電池での長時間駆動が要求されるため、Atomでもまだ消費電力が大きすぎるのだ。
Quarkファミリーの第1弾として、2013年10月に「QuarkX1000」が発表された。Quark X1000は、32nmプロセスルールで製造され、動作周波数は最大400MHzであるが、TDPは2.2Wと非常に低い。Quark X1000を搭載した最初の製品が開発用ボードコンピューター「Galileo」およびその後継の「Galileo Gen 2」である。Galileoシリーズは、マイコンボードとして有名な「Arduino」とハードウェアおよびソフトウェアの互換性があるほか、Linuxが動作する開発ボードとしても利用可能だ。Galileoは、あくまで開発用/学習用のボードであり、インテルがQuarkを普及させるための第一歩であるが、インテルはすでに次の手を打っている。それが、2015年1月の2015 International CESで発表された「Curie」である。Curieはボタンサイズの超小型モジュールであり、Quarkファミリーの一つである「Quark SE SoC」と384KBのフラッシュメモリ、80KBのSRAM、6軸センサ、BLEなどが搭載されている。Curieを採用することで、指輪やブレスレット、ペンダントなどのウェアラブルデバイスをより迅速かつ低コストに開発できる。これまでこうした超低消費電力と低コストが要求される組み込み用途では、ARMが開発したARM CPUが広く使われてきたが、Quarkは、インテルからARM陣営に叩きつけた挑戦状なのだ。しかし、ARMは、自社でCPUを製造・販売しているのではなく、設計データであるIPコアを他社にライセンスするという事業形態をとっており、そのライセンス先は多岐にわたる。そのため、非常に多くのARM CPUがさまざまな機器に搭載されているのだ。歴史と実績を誇るARMに対して、誕生したばかりのQuarkは、まだまだエコシステムとしてはかなわない。Curieの出荷開始は2015年第4四半期の予定だが、実際の製品にどこまで採用されるかが、Quarkが市場に受け入れられるかを占う試金石となる。インテルが、AtomやQuarkといった旧来からのPC以外をターゲットとしたCPUに力を入れている背景には、PC市場が頭打ちになり、今後大きな成長は見込めないという危機感があるのだろう。今後成長していくであろうIoTやウェアラブルデバイスの市場は、巨人インテルにとっても見逃せないビジネスチャンスなのだ。
text by 石井英男 1970年生まれ。ハードウェアや携帯電話など のモバイル系の記事を得意とし、IT系雑誌や Webのコラムなどで活躍するフリーライター。